『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』DS版

ドラゴンクエストV 天空の花嫁

 最近ニコニコ動画の勢いが衰えて電車で見る動画も減っているので、久しぶりにDSをやりたくなって購入。PS2版はやっていないので実に十数年ぶりのドラクエ5だ。ちなみにドラクエ7と8もやっておらず、SFC時代からいきなりここへ来たので、マップで視点変更できるのがすごく新鮮だったりする。

 第一印象としてはモンスターのアニメーションが実になめらかで気持ちがいい。たしかSFCでモンスターがアニメーションするようになったのは6からだったはず。しかし、いろんな技術が進歩してもやはりドラクエはドラクエ。安心して楽しめそうだ。

おまけ

 そういやクロノトリガーもDSで出るらしいな。

『KORG DS-10』がなんかスゴそう

KORG DS-10(Amazon.co.jp限定販売)

 音楽の素養がないので全く意味はわからんのだが、これは理屈抜きでなんかすごそうだと感じた。さすがに初心者がいきなり触って何かできるもんじゃない気がするので買ってないが「初心者だけど面白かったよ!」って人が多いようなら考える。

おまけ

東方のキャラ設定の魅力は「さびしくない孤立が嫌いなオタクなんていません!」の一言に尽きる(後編)

東方文花帖 ~ Bohemian Archive in Japanese Red

「バカ殿と家老」

 同じ場所で暮らしている各勢力*1には、主従・師匠と徒弟・上司と部下・式神とその使用者といったわりと厳格な封建関係がある。*2血縁関係がほとんど存在せず友人関係もゆるく殺伐としている代わりに、キャラ間の継続的な人間関係を構築しているのはこの封建的関係である。

根拠地 トップ ナンバー2 その部下・弟子・式神
紅魔館 レミリア・スカーレット
フランドール・スカーレット
十六夜咲夜 紅美鈴
マヨヒガ 八雲紫 八雲藍
白玉楼 西行寺幽々子 魂魄妖夢
永遠亭 蓬莱山輝夜 八意永琳 鈴仙・優曇華院・イナバ
因幡てゐ
彼岸(?) 四季映姫・ヤマザナドゥ 小野塚小町
守矢の神社 八坂神奈子 洩矢諏訪子 東風谷早苗

 面白いのは月人勢力のナンバー2で、全体でもトップクラスの人気キャラと思われる八意永琳の設定に、「実は主である輝夜より強いのだが、常に彼女より下になるよう力をセーブしているらしい。」というのがあるところだ。

 これだけなら、単に八意永琳とキャラはそういう設定の持ち主だというだけの話かもしれないが、これを念頭に置いて各勢力のNo.2に注目して見ると、各勢力の人間関係の設定に規則性があるように見えてくる。

  • 吸血鬼勢力はトップの姉妹が子供*3だったり、少々気が触れてたりするので館の実務を仕切っているのはメイド長の十六夜咲夜。
  • 八雲家勢力トップの紫は1日12時間睡眠で冬は冬眠もする上に全体に面倒くさがりなので、普段は式神の藍に任せきり。
  • 幽霊勢力のトップ幽々子は脳天気な食いしんぼキャラ。庭師で警護役の妖夢は生真面目で純心な性格。
  • 月人勢力はトップの輝夜は不老不死の引きこもりニートで、本当は輝夜より強い永琳が補佐している。
  • 守矢の神様勢力は、古代の戦争に勝って諏訪子の土地を征服して形式的にトップに立ったのは神奈子。しかし古い信仰を消し去ることができなかったので、今でも実務として信仰を集めているのは諏訪子。

 「いざという時以外いまいち頼りないトップと、忠実で生真面目な性格のNo.2」、とでも要約できるパターンが、彼岸以外の全勢力にぴったり当てはまるように思われる。こうまで繰り返されるとさすがに偶然とも思えず、二次制作のギャグMADなどでも特によく見られる(ような気がする)構図であることから、作者が意識してやっているのかどうかわからないが、作者の嗜好のみに起因するものでもないように思える。

 「これはいったい何なんだろう?」としばらく考えた結果、どうも日本人が伝統的に微笑ましいものと見なしてきたある笑いの構図にしっくりきそうだと気がついた。すなわち古典落語から志村けんまでのバカ殿様とご家老という構図だ。幻想郷の設定がさびしくない限り積極的に孤立したいという欲求の反映であるのと同様、この構図も温情ある安定した封建体制に所属したいという欲求の反映であると考えるのは深読みしすぎだろうか。

「東方はシグルイなり」

シグルイ 3 (3) (チャンピオンREDコミックス)

 封建体制からの連想でいうと、結界の外部や勢力外部の人間に対しては皆割と無関心というか酷薄である。蓬莱山輝夜と藤原妹紅などは会う度に殺し合う仲*4だったり、八意永琳も月の使者を皆殺しにした過去があるらしいとか殺伐としたエピソードには事欠かない。

 そもそも妖怪連中は基本的に人食いであり、結界そのものの由来に関わる幻想郷の神レベルの妖怪:八雲紫もその例外ではなく、たまに外部の人間を神隠しにして食ってるとか。興味深い話だ。それがキャラの魅力を損なうものとは考えられていないことは明らかで、荒ぶる神の概念が生きている神道チックな世界観でなければ成り立たないだろう。

 ヒットした同人ゲーム繋がりでひぐらしと対比すると、ひぐらしはファッション和風で性根は洋風だったと思う。日本的な田舎を舞台としていても日本的封建的要素は「敵」であり、問題があったらフレンドとオープンにディスカッションして解決しよう。それでも駄目ならデモでも組織して政府に訴えようという実にアメリカンなメッセージ性を持つものだった。

 対して東方はファッション洋風で性根は和風と言えよう。確かにキャラデザインにも和装のものは多いが、むしろフランス人形みたいな洋装のものの方が多い。しかしその精神性は骨の髄まで、それこそまともに見つめると濃密さにむせそうになるほどの和風である。伊達に東方は名乗っていない。日本的な封建体制のグロテスクな側面を描ききってエンターテイメントにまで昇華することに成功したものとしては『シグルイ』がある(参考)が、ある意味それに匹敵するんじゃないかと思う。

「ゆっくりしていってね!!!」

 微妙に不細工な頭だけの東方キャラが何の脈絡もなく「ゆっくりしていってね!!!」を代表とする台詞を叫びつつ緩いことや酷いことを言ったりやったりする、その名も「ゆっくりしていってね」(通称ゆっくり)というネタが最近流行っている。これに関しても言えることが出てくる。

 よくできたゆっくりが時に殺人的な面白さになるのは、普段は華麗な衣装や楽曲にうまく隠されている(隠しておきたい)「緩さ・酷さの肯定」という東方のメッセージ性を、いきなり丸裸にして突きつけてくるものだからだろう。(一説によれば「脱衣」は最も原始的で純粋なギャグの形である。)

 そう考えれば、「ゆっくり」が他のネタ集団には全くと言っていいほど派生しない理由も納得がいく。「ボーカロイドでゆっくり」とか「アイマスでゆっくり」とかの派生ネタがすぐに大量に現れても不思議ではなさそうなのに、そうならないのは、元から「緩さ・酷さの肯定」というメッセージ性を隠していないものがそれをやってもあまり意味がないからだ。

まとめ

 こうして今回ちゃんと資料を読んでみてわかったのは、東方はキャラが1人を除いて全員可愛い女の子だとか、BGMが神だとかいう表面的な部分だけではなく、細かい設定まで現代日本人オタクの桃源郷となるべく実によく練られているということか。やはりヒットするものにはそれなりの理由があるのですな。

*1:概ねシューティングゲームとしての作品一本ごとのボスクラスのキャラに対応する。
*2:この原則に外れる主要キャラはおそらく、紅魔館に住んでいるがレミリアの配下ではなく友人とされているパチュリーのみ。
*3:500歳児(笑)。
*4:どっちも不老不死なので永遠に決着がつかない。

おまけ

東方のキャラ設定の魅力は「さびしくない孤立が嫌いなオタクなんていません!」の一言に尽きる(前編)

東方求聞史紀 ‾Perfect Memento in Strict Sense.

東方Projectのキャラクターと世界観の魅力(その1) - バレエイメージ研究所日誌

 タイトルは上のエントリにコメントした台詞だが、なにげなく言ったわりに結構本質を突いてるような気がしてきたのでもうちょっと敷衍してみたい。公式設定がどうかということより二次設定でどういう解釈が好まれているかの方に興味があるので、公式設定と二次設定の違いはあまり意識してない。

 また、私はニコニコ動画のMAD流行後だいぶ経ってから「アイマス・ボーカロイドと並ぶ三大部族の一角なのに面白さがわからないのはもったいない」という理由で勉強し始めたにわか中のにわかで、原作ゲームは一秒たりともプレイしていない。資料もWikipedia・はてなキーワードぐらいしか見てないし、それもちゃんと読んだのは今回が初めてなので、ひどく間違ってるところがあったら教えてほしい。

予習用資料

 まったく知らない人のためのもの。まったく知らない人はこのエントリ自体読まない気がするが、念の為。

「さびしくない孤立」

 まず全ての舞台である幻想郷が日本から「孤立」している。東北(?)の山奥に実在する空間だが結界で外界と隔離されている。しかし、この結界は常識と非常識を分ける結界で、外の世界(現実)で否定されたり消えつつある妖怪など様々な種族が世界中から集まってくるので「さびしくない」

 この描像は「日本は海外から隔絶しているが、いろんな文化を取り込んでかつ平和でいられるのでそれでよい。」という俗流文化論的自己認識*1と自己相似形になっていることは言うまでもない。

 冒頭のエントリでも指摘されているが、主人公の人間二人、博麗霊夢霧雨魔理沙は両方とも独りで「孤立」した暮らしを送っているが、博麗神社にはいろんなやつらが押しかけてくるし、魔理沙はいろんなところに自分から押しかけに行ってアイテム強奪したりするのでやはり「さびしくない」

 幻想郷全体に、いつともなしにフラッとやって来ていつともなしにフラッと帰るというゆるい友人関係が一般的というイメージがある。後述の地縁関係・封建関係と無縁の、ゆるくない友人関係というものは、上白沢慧音と藤原妹紅の間のそれぐらいしかないように見える。

 主人公だけではなく、「孤立」やそれに類するイメージの設定を持つキャラが非常に多い。しかもそのようなキャラに重要キャラが多く、人気も集まっているようだ。そもそも人間関係というものが設定されていなさそうな単発の妖怪・妖精は初めから除いているが、それらの中には特に人気の高いキャラはいないようである*2

キャラ 属性
博麗霊夢 神社で独り暮らし。人間(≒長命の他種族からの孤立)。誰に対しても特に優しくも厳しくもない。
霧雨魔理沙 独り暮らし。実家から勘当されてる。人間(≒長命の他種族からの孤立)。
パチュリー・ノーレッジ 図書館に引きこもり。
十六夜咲夜 人間(≒長命の他種族からの孤立)。
フランドール・スカーレット 館の地下に軟禁されてる。
アリス・マーガトロイド 独り暮らし。人形遣い(≒自分と人形しかいない≒自分しかいない)。
プリズムリバー三姉妹 四女と永別。
伊吹萃香 幻想郷でも外界でも消えつつある種族。幻想郷で一匹だけの鬼。
鈴仙・優曇華院・イナバ 幻想郷で一頭だけの月の兎。故郷の月からの逃亡。
八意永琳 不老不死(≒定命の者からの孤立)。故郷の月からの逃亡。
蓬莱山輝夜 引きこもり。不老不死(≒定命の者からの孤立)。故郷の月からの逃亡。
藤原妹紅 不老不死(≒定命の者からの孤立)。
森近霖之助 独り暮らし。

 血縁関係の設定も非常に少ない。名前があるキャラ同士の血縁関係は以下のものぐらいしかない。

キャラ 属性
吸血鬼姉妹 姉レミリアが少々気の触れた妹フランドールを館の地下に閉じこめている。
プリズムリバー三姉妹 四女が実在の姉達を元に生み出した霊。四女はすでに死別。
東風谷早苗と洩矢諏訪子 早苗は諏訪子の子孫だが、本人は知らない。
秋静葉と秋穣子 静葉が姉。穣子が妹。

 しかもこのうち、吸血鬼姉妹と騒霊三姉妹の血縁関係は「孤立」の要素を際だたせる役割を果たしているようであり、いわゆる普通の血縁関係にある秋姉妹のみが例外中の例外であるように見える。少年少女向けのエンターテイメントで親や親類が無視されるのは一般的傾向であるとはいえ、これだけ大勢のキャラがいることを考えれば、たったこれだけしかないのはやはり特徴的ではないかと思われる。

 これだけ徹底して「孤立」していても、やはり様々な理由で「さびしくない」。なんというか「緩い人間関係の肯定」とでもいうべき一貫したメッセージ性を感じる。これまでニコ動でいくつMADが流行っているのを見ていても、東方Projectが老若男女問わず日本のオタク界隈で絶大な人気を得ているということが、いまいち腑に落ちていなかったのだが、今回初めて真面目に資料を読んでみて何となくわかる気がしてきた。(後編に続く)

*1:個人的にはあまり正しくないと思っているが、今回はそこが本題ではないので追及しない。
*2:バカの子キャラが立ちまくっているチルノは例外

おまけ

 長く「BGMに定評のありすぎる同人シューティング」というぐらいの認識だったのだが、どうも改めなければならないようだ。

1・2・3・4・たくさん

Mind Hacks―実験で知る脳と心のシステム

 もう何年も前の話だが『Mind Hacks』という本で“サビタイジング”という効果のことを知って、どうして歴代FFの戦闘画面のうちFF4のものだけがこんなにも見づらいのか? という長年の疑問に決着がついた気がした。

(FF4:6分過ぎから戦闘シーン)

(FF5:1分半から戦闘シーン)

 最初に思いつく説明は単純に縦にキャラが5人・ステータス画面5行が並ぶのは多すぎるからというものだが、FF5やFF6でも4人(4行)はいるのに、その戦闘画面は全然見づらくない。この差は数1つの違いだけでは到底説明がつかないと思っていた。しかし、

 サビタイジングの際、脳では、普通に数を数える場合と全く異なった処理が行われているように思える。いくつかの実験により、数える物が4つまでの場合は、1つあたり40〜80ミリ秒で数えられるのに対し、それを超えると、必要な時間は1つあたり250〜350ミリ秒に増えるということがわかっている。

(中略)

 サビタイジングの場合は、意識して注意を向けるというようなことは必要ない。視点を物から物へ移すこともない。(中略)そのため、研究者の中には、「サビタイジングは動作ではなく、視覚信号処理の副作用である」などと主張する人もいる。

『Mind Hacks』P134-135ページ

 というわけなので、実際に起こっているのはおそらくこういうことだろう。

  • プレイヤーが視線を移動させる。
  • 脳はそこにキャラが何人いるか・コマンドやメッセージが何行あるかを、無意識的に把握しようとする
    • 4人・4行の場合、無意識のまま約240ミリ秒で数え終わる
    • 5人・5行の場合、一瞬意識を持って行かれ、約540ミリ秒で数え終わる
  • 次の行動に移る

 戦闘中画面においてプレイヤーは、コマンドを入力し(下)・アニメーションを見(上)・ステータスを確認する(下)、といった具合に頻繁に視線を移動する必要がある。その度に一瞬数えることに意識を持って行かれて、約300ミリ秒を無駄にさせられることの積み重ねが「見づらい」という印象となって現れるのだろう。

 要するに4人(4行)と5人(5行)の間には実際に越えがたい差があり、5という数は多すぎるという最初の説明以上のものは必要なかったという結論になる。だからなんだというほどのものでもないが、もしかしたら誰の役に立たないとも限らないので書いておく。

おまけ

 年代的にヒャダイン氏の作品はいつもツボに入ります。

それとなく似ている件について

デュエルラブ

ライブアライブ

 ライブアライブはBLゲーだったのですね。

おまけ

 パクリはいけませんよね。

ルービックマジックが復刻されている

ルービックマジック

ルービックキューブは25手で完成可能、米研究者が新解法の証明に成功 - Technobahn

 上のニュースを見てルービックキューブで検索していたら、昔持っていたこれが復刻されているのを発見した。もっとも、様々な点でルービックキューブに比べると遥かに劣る。一番の問題は繋ぎの部分がテグスのせいで耐久性がなくて、ちょっと力の入れ方を間違えたり古くなったりするとすぐ壊れるところで、昔もかなり短い時間で壊れたような記憶がある。今考えるとそこまで面白いとも思えないのだが、かなり懐かしい。買ってみようかな。

おまけ

 これと同じ作者とか。多芸だなあ。

Moon Whistle XP体験版

Moon Whistle XP 体験版

ムンホイXP体験版、公開されました! - さすけの波乱万丈な日常

 以前紹介した『Moon Whistle』は制作環境が古くて、Win XP環境では正常にプレイできないのが唯一の欠点。リメイクが進行しているのだが、その体験版が出た。思った以上に様々な点が改善されていて、ちょっと見るだけのつもりだったのに、思わず6日目まで通しでプレイしてしまった。本編出たら必ずやるべし。

おまけ

BIOSHOCK(バイオショック)が激しく面白そう

バイオショック

 おまけの動画を観てその世界観構築の巧みさに心を惹かれまくっている。動画はPC版だが箱○でも出るとか。やっぱりPS3より箱○の方が圧倒的に勢いあるように見える。しかしオブリビオンもやりたいやりたいと言いつつ結局やっていないし今回もやりたい言うだけで終わるかも。

おまけ

うみねこのなく頃に episode2 Turn of the golden witch

うみねこのなく頃に Episode1 真相解明読本

 まあ前作はつまんないという評価になりましたが、ひぐらしだって鬼隠し編だけのときにプレイしたらこの程度の感想だったかもなあという考え方もあり、今回で真価が計れるだろうと思って念の為やってみたんですけど感想は、

 難易度は極上? いいえ、ベアトとロリロリな仲魔たちのやりたい放題壊れ放題を楽しむだけの簡単なお仕事です。

 ……やっぱり面白くなかったです。前作は1回目だからそれなりに新鮮だったけど今回はそれもないし。ひぐらしが突然変異だったと考える他ないんですかね。

おまけ

 この時期に一本で新ジャンルを開拓したってのはすごいと思うんだ。nice boat事件ろくに知らなくても笑えるんだから知ってる人はどんだけ面白かったんだろう。

『呪いの館』みたいなカオスだけじゃないKlik & Play系ゲームたち

 イ゙ェアアアア! チーターマン以来のクソゲーブームかな。何が流行るかまったく分からないのがニコニコ動画の面白さ。私はもちろんこの動画のカオスっぷりには笑わせていただいたが、それとは別にプレイヤーキャラを見て「なつかしー!」と思ってしまった。私はこの男が恐竜の卵を地面に落とさないようにがんばるゲームを昔確かに遊んだ覚えがある。

 この『呪いの館』はUP主の記憶の通りKlik & PlayもしくはClik & Createというゲーム制作ツールによって作られている。約十年前にこんな本が出ていることからわかるように、当時のフリーゲームマニアにはそこそこ名が通っていたと思う。私はどちらも持っていなかったが、それで作られた作品はかなり遊んでいた。

ひもじ村

 数ある作品の中でも満を持しておすすめするのが上のひもじ村で公開されているウータさんの作品である。味のあるグラフィック・シュールなセンス・確かなゲームバランス・シンプルなゲーム性どれ一つとっても抜群である。その魅力を手っ取り早く体感するには、言葉よりも動画がよいだろう。

ひもじ村 まとめ@Wiki - プレイ動画

 ただしネタバレすると面白くない作品もあるのでクリア動画は最後まで見ない方がいい。ひもじ村作品は別格としても、フリーゲーム界にはカオス方面意外にも色々と面白いものが残されているはずなので、この機会に探してみてはいかが?

おまけ

 RPGツクール界屈指の不条理ゲーゆめにっきでMAD。単体でもMADなだけにまさにカオスそのもの。

ソフトウェアは自分が予想したよりもずっと長く使われる

ひぐらしのなく頃に解 罪滅し編 3 (ガンガンコミックス)

 何の本に載っていた格言だったか。保守性とか読みやすさの重要さを強調する文脈だったと思うが、正しいと思う。ひぐロワは流行ものに便乗した一発ネタのつもりだったんだけど、最近になってもまだ遊んでくれてる人もいる模様(ここの人とか)。ひぐ狼も数ヶ月遊べれば十分だと思っていたけど、開発から3年弱も経ってもまだたまに村が立っている。

 2chのスレではうみねこ版に改造して遊んでいる人もいるみたい。ひぐロワのスクリプトにしっかりコメント付けてあるのは単純にNscripterでのプログラムは読みにくいので、しっかり付けないと自分でさえよくわからなくなってしまうからなのだが、結果的に保守性というか改造しやすさが上がってよかったのかもしれない。

 うみねこ版はちょっとだけ見た。私自身はたぶんうみねこ版は作らないので、まだ改造やっているならアドバイス。ひぐロワ解の13人でも微妙に多すぎると思うぐらいだから、18人全部出る方向で進めるなら、バランスを取るためにもっと死にやすくしなきゃならない。体力は低め、攻撃力は高め、スタミナは切れにくく*1ならなきゃならない。

 なのに持っているだけでスタミナを消費するアイテムができたり、回復アイテムがあったり、体力を回復する罠があったりという今の仕様はまったく逆方向を向いてる。勝負が付きにくく終盤ぐだぐだになりやすいのはそれが原因。うみねこ2作目が出たらちょっとはネタが増えるだろうし。その辺で調整するといいと思う。

*1:ひぐロワが解になるときもちょうどゼロはスタミナ切れとして扱わないようにしたよね?

おまけ

 このシリーズは吹かざるを得ない。ひぐらしのなんちゃって和風で本質はアメリカン的な部分を見事にえぐり出しているというか、単なる再現しましたシリーズに留まらない何かがある。

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