■メラのダメージはなぜ10なのか?

商品の値段がしばしば99や980などで終わることはよく知っておられると思う。これは言うまでもなく我々が数字の表記法として位取り記法を用いているために起きる現象である。上の桁は下の桁より10倍も重要なのでまず上の桁に注目する習慣が完全に定着しているのだ。そのため【99円】は【100円】よりも1円以上、【1980円】は【2000円】よりも20円以上に安い印象を与えることができるのだ。
位取り記法については単独でもっと書きたいことがあるのだが本筋から外れるのでここで置いておく。今回の本題は同じ原理がゲームに応用可能であるということである。例とするにふさわしい題材として選んだのがメラだ。
『ドラゴンクエスト3』で初登場したおなじみのメラの呪文のダメージは約10である。それにはちゃんとした理由がある。結論から言うとプレイヤーが初めて見る2ケタのダメージにするためであり、その目的は
呪文の通常攻撃との差を印象づけるため
である。ドラクエ3の冒険がスタートした時点で標準的なパーティーの攻撃手段は通常攻撃とメラの呪文のみである。そして通常攻撃のダメージは戦士でも必ず1ケタで10以上にならないようになっている(少なくともFC版では)。初めて攻撃呪文を使うプレイヤーは、メラの呪文によって初めて2ケタに達するダメージを眼にし、呪文に通常とは質的に違った攻撃をする力があることを学ぶのである。
もしメラの平均ダメージが同じでも最大が9だったらどうか? メラの威力はレベル3程度の戦士・勇者の通常攻撃とほとんど差がない。スタート当初は魔法使いのMPも低いため、魔法使いがいずれグループ攻撃魔法・全体攻撃魔法・補助魔法を使えるようになることを知らないRPG初心者プレイヤーは「なんだ魔法使いってよえーじゃん」と言って、魔法使いを外してしまうかも知れない。そして代わりに商人などを入れてしまったら苦戦は必至である。メラのダメージが10に設定されているのはそのような錯誤を防ぐための制作者からのメッセージなのである。
こじつけと思うだろうか? メラの上位呪文メラミの威力は約80である。この数値にもちゃんと意味がある。メラミの消費MPは6で、同じ消費MPの魔法使い系攻撃呪文はあと2つ存在する。表にしてみよう。
| 呪文 | 威力 | 消費MP | 対象 |
|---|---|---|---|
| メラミ | 80 | 6 | 単体 |
| ベギラマ | 35 | 6 | グループ |
| ヒャダルコ | 50 | 6 | グループ |
それぞれ習得レベルが異なるという差はあるものの、他の2種が一度に3,4体でも攻撃できるグループ攻撃呪文であることを考えれば、メラミは明らかに弱すぎる。普通に考えると100ポイントぐらいにしたいところである。なぜそうしなかったのだろう? ここで魔法使い系上位攻撃呪文の威力一覧表を見てみよう。
| 呪文 | 威力 | 消費MP | 対象 |
|---|---|---|---|
| メラゾーマ | 180 | 12 | 単体 |
| ベギラゴン | 100 | 12 | グループ |
| マヒャド | 100 | 12 | グループ |
| イオナズン | 140 | 18 | 全体 |
そろそろ勘のよい読者はわかってきたのではあるまいか。そう、メラミの威力が80に留まっているのは3ケタのダメージを出させないためであり、その目的は
3ケタのダメージを叩き出せる呪文を最上位呪文に限定することによってその強力さを際立たせるため
である。さて、上の表を見てメラゾーマにもメラミと全く同じことが言えるのに気がつくだろう。同じ消費MPなのに半分以上の威力でグループを攻撃できるベギラゴン・マヒャド、消費MPは高くてもほそれほど変わらない威力で全体を攻撃できるイオナズンと比べてどう考えても弱い。なぜ180しか威力がないのか? せめて200はあってもいいのではないか? その理由はもう予想できるだろう。
| 呪文 | 威力 | 消費MP | 対象 |
|---|---|---|---|
| ギガデイン | 200 | 30 | 全体 |
そう、メラゾーマのダメージが180なのは100の位で2を越えさせないためであり、それは
勇者専用呪文ギガデインの最強性を際立たせ、勇者のキャラを立てるため
である。このようにドラクエにはプレイしていても容易には気づかないような形でプレイヤーを心理的に誘導する仕掛けがいたるところに施されているのである。次回は私がこれらの知見を実際にゲーム製作にどう応用したかを紹介しよう。
■エゴグラムによる性格診断
何やら性格診断のたぐいらしい。普通ならこの手のものは一笑に付すのだが、はてなへの引っ越し以来いろいろとブログ論を見て回った中で一番参考にさせてもらったLSTYさんが紹介されていたのでやってみる気になった。
他人の不幸は蜜の味: あなたのブログ適性がエゴグラムでわかる!(かも)
で、結果はこれ。
貴方のタイプはbaaba です。
- 性格
- 第三者の目から見た場合、性格的なバランス評価度が100%に近いタイプです。しかし、本人の自覚している性格的バランスの満足度は、恐らく70%か80%位では無いでしょうか。何故なら仕事や金儲けの際に、他人を押し除けて行く強引さの欠如や、他人の思惑を気にし過ぎる過敏性性格が、かなり顔を覗かせているからです。心が優しくて、他人との摩擦を極度に警戒する合理主義者の貴方は、そこの所が非常な長所で有り、短所でも有る訳で、自・他のエゴイズムの衝突を、どのような形で調整するかに、焦点の絞られたタイプです。
- 恋愛・結婚
- 性格的には、恋愛や結婚の相手として、最も望ましいタイプの一つです。思い遣り、同情心などは人より優れていて、神経も細やかで有り、現状認識や判断力も確かです。責任感や倫理感は、人並で有り、格別に我儘な点も見当りません。
- 職業適性
- 確実に不向きな職業としては、司法関係者(特に警察官や刑務官)などが有るだけで、大概の職業には適性が有るでしょう。権力や世間の評判に弱く、決断力や実行力に欠ける所が少なく有りませんので、充分心すべきでしょう。貴方が事業家などで有る場合には、貴方の正反対の性格を持つブレーンが絶対に必要で有ると思います。
- 対人関係
- 社交的には、非常にバランスが取れているのですが、欲を云いますと、人付き合いに関してやたらと神経質になる事だけは避けた方が良いでしょう。環境によっては、ノイローゼ気味になる可能性も有ります。貴方の場合は、判断力や分析力にかなり優れた所の有るタイプなのですから、自分がこうと判断した事は、絶対的に自信を持って割り切った行動に移る事を心掛けるべきです。
機械にべた褒めされると「コンピュータのくせに偉そうに人間様を評価するんじゃねえ!」と非常に腹が立つのは私だけか。LSTYさんによるとブログ適性は高いらしいのでそちらは素直に嬉しいのにね。
でもやはりこの手の機械には不満があるので、いつかこういうのを逆手に取ったジョークスクリプトでも作ってやろう。アイデアはすでにできた。あとは適切なネタを蓄えタイミングを計るのみ。
■蟲師第6話『露を吸う群』
たとえば哺乳類なら、1回呼吸をする時間、心拍する時間は体重の 0.28乗に比例し、1回呼吸する間に4回の心拍があり、一生に約2億回の息をするそうだ。例外は人間でその3倍近く生きる。これは人間の進化にネオテニー(幼形成熟)が関わっているからかも知れないのだとか。ただ、最近はもっと研究が進んでいるかも知れないので鵜呑みにしないように。
ギャグマンガを描くには一般常識がなきゃいけない、でないと何が異常かわからないから、というのは誰の言葉だったか忘れたけど、比例増減論の話を一度も見たことも聞いたこともなくこの話を考えるのは難しいだろうし、耳の中に蝸牛という器官があるのを知らなければ『柔らかい角』の話を思いつくのは不可能だろう。幻想的な話を書くには科学的一般常識がなきゃいけないということは言えそうだ。
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■対数年齢というものを考えた
生まれたばかりの子供には世界は目新しいことばかりで常に驚きの連続だから時間が長く感じ、大人や老人には世界はすでに見慣れたものだから刺激が少なく相対的に短く感じるというわけだ。こういう考え方もできる。たとえば5歳の子供にとっては一年間はこれまでの人生の20%にも及ぶが、50歳の大人にとっては2%にすぎない。
脳が常に主観的に世界を解釈するとするならこれはありそうに思える。すると年齢x歳の主観的な時間はx倍の早さで流れる、あるいはx歳の人間は1/xの時間しか過ごせないということになるので、1/xを積分したlog x がその人の主観的な年齢となる。これを対数年齢とする。すぐ出てくる問題は主観的には存在しないゼロ歳近くの時間が一番重要になってしまうことだ(log xはゼロに近いところの傾きが大きいため)が、これは物心つく前の3歳までは無視すると決めてしまえばいいだろう。
log xを出したあと、log 平均寿命で割って平均寿命をかけると、その人が主観的な尺度でどれほど老いているかを表す対数年齢が出るわけだ。log 関数の性質を知っていれば結果はかなりとんでもないものになることが予想されるわけで、関数電卓を引っ張り出してきてみるとやっぱりうわぁああああああ!! 年齢を入力するだけで対数年齢に変換してくれるスクリプトを作ったら受けるかも知れないなあ。
……とここまで考えたところで、私が世界初なんてことはあるまいと思ってググったらやっぱりもうあった。
大谷・中村理論(極端大仏率 Returns!)
さっそくやってみて下さい。ただしゼロ歳近くの問題の処理のところだけちょっと違っていて、私が考えてたものよりもっと恐ろしい結果になるので悶絶しないように(笑)。先にやられてたから言うわけではないが、よく考えたら16進年齢とか日齢が面白いのは、逃れられぬ老いという現実をほんの一時でも茶化したり誤魔化すことができるからであって、さらに激しく現実を突きつける対数年齢が流行ることはないだろうなあ。
ところでその老いが逃れられぬという現実は、宇宙の絶対不変の真理であるかのように思われているが実は全然そんなことはなくて、比較的近い未来に不老不死があっさり実現して世界に革命的変化がもたらされる可能性は結構あるのだがそのことはまた別の機会に。
■『全き心の鏡』FC2に移転開設
テンプレートとスタイルシートをいじくり回していましたがどうにかこうにか見られるようになってきたので公開しました。ブログサービスは3度目です。一度目はライブドアでしたが色々と不満が多くて去りました。先月は一ヶ月間はてなに移っていましたが、やはりカスタマイズに限界を感じてFC2に引っ越してきました。
しかしはてなは機能的に便利な面がいろいろあったのでサブ日記(そこはかとなくヤバい響き)として残します。はてなアンテナ・ブックマークのサービスも利用し続けると思います。
こちらのブログが表ブログでまとまった記事を扱い、はてなダイアリーではカテゴリ分けしたくないような小さいネタや、まとまる前のネタ等を扱っていくつもりです。メビウスプロジェクトで常連の方も初めての方もどうぞよろしく。
■わにの庭
すばらしい。個人的に倉庫番系ゲームの最高峰だと思う。冗談抜きで。登場するオブジェクトは床と壁を除けば
- プレイヤーとブルドーザー
- ワニと池
- 岩と穴
たったこれだけ。ルールも
- プレイヤーは
- ワニを持ち上げ、運ぶことができる。
- ブルドーザーに乗り、操縦できる。
- ブルドーザーは
- 前後にしか動かせず、横からしか乗り降りできない。
- 前に進む時他のブルドーザーか岩1個を押していける。
- 穴は通ることができないがブルドーザーで岩を押し入れて埋めれば床に変わる。
- 全てのワニを池に入れればクリア。
たったこれだけ。太字で強調したルールがキモで見かけのマップの大きさ、オブジェクトの数からは思いもよらぬ難しさを発揮してくれる。これぞパズルの醍醐味といった感じ。
マップエディット機能まであるので、他の人が作ったマップをぜひともプレイしたいと思って探したのだが見つからなかった。う〜ん、まずは自分で作って布教するしかないのか……。
■『生活維持省』未来形の楽園追放の物語
星新一『生活維持省』を読んでその主題を50字以内でまとめよ。の続きです。どんどん記事を流してしまったからか解答数1つになりましたけど、一番興味があった内容がちょうど聞けたので良かったです。鴉さん協力ありがとうございました。ネタバレがあるので『生活維持省』未読の方は必ず先に前の記事にあたることをおすすめします。
さてここから本題。
- 鴉さんの解答
- 「生存競争や戦争の全くない平和な世界にしようとすると自分や他人を生かそうと努力しない空しい世界になる。」
私はこの話がいわゆるディストピアものとして捉えられているのではないかと思って質問を出したのだが、これはその系統の解答。おそらくは大規模なアンケートでも行えばこのような答えがトップにくるのではないかと予測している。生活維持省の世界は平和に見えるが実際はすでに死んだ社会であり地獄なのだというわけだ。
しかし、私はこの考え方はとらない。逐一描写の分析はしないけれども、やはりこの世界は地獄ではなく楽園として書かれていると思う。この正反対の解釈が生じる原因は社会状況の変化だと思われる。具体的には、この作品に描かれている人口爆発・戦争・生存競争の恐怖が時代の変化によって現実的でなくなっている。
- 少なくとも日本では人口爆発の脅威は完全に消滅した。それどころか問題になっているのは少子化の方である。
- 戦争の恐怖はなくなったとは言えないが、それはテロや局地紛争の恐怖であって、冷戦時代のような全面核戦争による人類滅亡というイメージは古くさいものとなった。
- 生存競争についても同じ。社会問題になっているのはもはや受験戦争や過労死ではなく、引きこもりやニートである。
ライフスタイルの変化もあるだろう。この作品に描かれているような静かで平和な文化的生活は、お世辞にも21世紀の現代人にとってそれほど魅力的に感じない。死んだ世界と見られるのもある意味仕方ないと思う。
それらを割り引いて考えた場合、やはりこの世界は魅力的である。この話の前半を通じてじっくりと描かれる世界に住めたら、ほとんど働くなくても好きなものを手に入れることができ、誰と競争しなくても好きなことだけをして、健康で文化的な生活を送れたら、どんなにすばらしいかと思う。少なくとも私は思う。
後半になって、見え隠れしていた『たった1つの必要悪』の伏線が明かされる。しかし主人公の弁が優秀で母親の反論が稚拙に描かれているために、この世界を維持するためならそれぐらい受け入れてもいいのではないかと思ってしまう。少なくとも私は思う。現実世界にも生活維持省を創設すればいいのではないかと思う。
それがラストの主人公の台詞でひっくり返る。ああ今まで感情移入もしたけれど、この台詞は自分には言えないということに気付く。振り返ってみれば主人公と同僚はもちろん、作中唯一この生活維持省のシステムに異を唱えたように見える母親ですらも、世界の平和のために「たった1つの必要悪」をちゃんと受け入れることができている。
これは自分にはできないことだ。自分ならどうやってもシステムの裏をかき、自分と自分の大切な人だけはこの必要悪から逃れられるよう死力を尽くすに決まっている。きっと現実世界のほとんどの人はそうだろう。
それに気付くと同時に美しく平和な世界の幻想もガラガラと音を立てて崩れ去る。生活維持省は主人公たちのような人間が少なくとも圧倒的多数派でなければ機能しないのは明白だからだ。彼らは天使で、これは存在しない楽園の絵空事を描いたお話だったのだ。残念だけど仕方ない。
しかし、本当にそうなのか?
楽園追放の逸話は宗教に関係なくあまりにも有名だけれども、なんの欠点もないすばらしいエデンの園から追放されたと言われても別に悔しくも悲しくもなんともない。都合がよすぎてそもそもあり得ないと思わせてしまうし、仮に本当でも過去のことだから今さらどうしようもない。
だが生活維持省の世界は違う。技術的に不可能なことはまったく何もない。たった1つの必要悪も超自然的なものでもなんでもない。やろうと思えば実現できるのだ。そう現実に、明日からでも。だがそれができない。その元凶は神でも悪魔でもない。他ならぬ自分自身の心なのだ。
私は他の誰でもない私自身の業によって、今にも手が届きそうなところにあるたった1つの必要悪しかない世界にすら住むことはできず、生存競争と恐怖の中で死ぬまで生きていかなければならないのだ。そしてそれは私の子孫にとっても同様であろう。おそらく永遠に。この認識は実に悔しく、悲しい。涙が出るほどに。
というわけで私にとっての『生活維持省』の主題を50字以内にまとめるなら以下のようになる。
- 私の解答
- 「人は、他でもない自分自身の業のために、ただ1つの必要悪しかない世界すら実現することはできない。」
ここで書いた以外の第3の解釈をお持ちの方がいらっしゃれば是非紹介していただきたいです。
■ゲームのイノベーションのジレンマ
図解、イノベーションのジレンマ(Life is beautiful)
これはわかりやすい。今の金のかかったゲームがつまらなく感じてたまに新しいフリーゲームを漁る方がよっぽど面白いと感じる理由もこれだと思う。要するに
どんなに素晴らしいグラフィックもサウンドも人間が動的に生み出す情報に面白さで勝てるわけがない。
私が人狼に強く興味を引かれてクローン作るまでにのめり込んだのもまさにこれだと思う。わざわざゲーム機を買ったり設定しなくても、多くの人が持ってるブラウザで自然に通信会話ができる。その環境がここで言う distruptive technology (破壊的テクノロジー)。こうなったら
どんなに素晴らしいグラフィックもサウンドも人間が動的に生み出す情報に面白さで勝てるわけがない。
ついでに言うと昔作ろうとしてた一般的なRPG製作を中止しているのもこれに関係がある。MMORPGのようなネトゲは廃人化する人以外にとってやがて単なるチャットツールと化すと言われる。これは内部でこのイノベーションのジレンマが発生してるってことなんだろう。くどいけど
どんなに素晴らしいグラフィックもサウンドも人間が動的に生み出す情報に面白さで勝てるわけがない。
だったら最初からグラフィックもサウンドもいらないのではないか。最初から人間が動的に生み出す情報をどう最大限に活用することに的を絞り、言うなればTRPG支援スクリプトと言った程度のものにした方が面白いんじゃないのかと思うのだ。今このあたりを思索してる状況。
■ネイビーミッション
主砲・バルカン砲・ミサイルの3種の武器を搭載した一隻の戦艦を操作して、敵の艦船・航空機と死闘を繰り広げる3Dシューティングゲーム(FPS)です。
- 自機が船で速度が遅いため回避に気を取られず純粋に「シューティング」に専念できる。
- 船と飛行機しか出てこないためポリゴンの少なさが気にならない
など確固とした計算と理念に基づいて作られていて、面白くなるべくして面白いと感じさせてくれます。他の作品では「フロントライン」もおすすめです。
攻略メモ
- 時間あたりに回復する弾薬量は決まっている
- 主砲弾とミサイルを余らせず、同時に無駄弾を撃たないことが攻撃力を上げる唯一の手段
- 避けにくい攻撃をしてくる敵から順に1匹ずつきっちりHP分だけ確実に命中させて倒す
- 可能な限り主砲で航空機を倒す
- 自分に当たる攻撃だけを見抜いて素早くバルカンで対処する
■英雄
前に取りあげた『LOVERS』の前作にあたる中華マトリックス。確かに面白い。面白いんだけど、
我が中国共産党は文弱で無抵抗のチベット人とか虐殺しまくってるけど、それは統一の大義のためだから許してねー。とくにテロとか要人暗殺とかはぐっと我慢するように。我慢しないと殺すよ? いや、しても殺すけど(プゲラ)。どう見ても天下です。本当にありがとうございました。
みたいなメッセージが含まれているように感じるのはうがちすぎだろうか……。
たかが娯楽作品とは言っても、たとえばゴルゴ13について考えるとき、日本人の欧米・白人コンプレックスと切り離すことはできないだろうし。これだけじゃなくて中国映画一般に政府万歳あるいは反政府禁止的なメッセージが蔓延してるのかどうか気になるところ。
■無断リンク禁止論争
猿はリーダーオスと目を合わせたら攻撃される。戦闘機にレーダー波を照射したらミサイルを撃たれる。「注目する」というのは攻撃の予備動作であり本来的に挑戦的な行為だ。猿が平穏に向き合うには敵意のないことを表明する行動、「挨拶」をしなければならない。
しかし現代人はお互い道ですれ違ってもいちいち挨拶などしない。それは
- 社会が整備され実際に危険人物と行きあう可能性が低くなった
- 膨大な数の人間にいちいち挨拶していたら日が暮れる
ために互いに「無視する」という動作が敵意がないことを示す挨拶になったということだ(「儀礼的無関心」と言うと難しそうに聞こえるが)。だから無断リンクはマナー違反であるという主張はまったくもって正しい。
しかしネットの世界にはなんぴとといえども批判されたり、逆に無視されたりすることを免れ得ないという、現実でも言論や学問の世界には適用されるより限定的かつ上位のマナーが存在し、特定の事件に対して特別法の効力が一般法に勝るように、儀礼的無関心のマナーを上書きしている。
ここまでは特に異論はないと思う。すると問題は、その
マナーを理解していない人、理解していても従いたくないと主張する人(少数派)を、すでに理解している人のコミュニティ(多数派)が、どの程度思いやりをもって扱うべきか
ということに尽きると思う。
個人的に叫んでいるだけなら無視して放置すればよいが、無断リンク禁止をルールとして広めようとか、マナーとして定着させようという運動に対しては面倒でも監視し、時には啓蒙活動で対抗しなければならないだろう。
とりわけ基本的なネットリテラシーを教えるべき学校で無断リンク禁止と教えているなどというのは無視できない問題だ。おそらく格別の理念に基づくものではなく単なる怠慢からくるものであろうが、これからの時代特に重要なことなのだからしっかり指導してもらいたい。
■もうすぐルートやループを持つ映画が作られるはず
ひぐらしをきっかけにサウンドベルをいくつかプレイしていて今さら気がついたことがある。それは
サウンドノベルにはループ世界・平行世界ネタがとてつもなく多い。
ということ。そのこと自体には特に不審はない。選択肢があり、複数回プレイするサウンドノベルは、システム的・必然的に平行・ループ世界の概念を想起させるからだ。
また、こういう説明もできる。サウンドノベルを作るのに必要な要素を貴重な順に並べると
- 背景世界
- キャラクター
- 画像
- 音楽
- プロット
となると思われる。上に行くほど魅力的なものを新しく作るのに才能と時間が必要で、下に行くほどすでに太陽の下に新しいものはない状態に近く、適当に既存作品からインスパイヤしても問題ないという意味である。
ボトルネックであるところの世界観やキャラクターに優れたものができたら、それを最大限に生かすべく平行世界やループネタを用い、プロットだけ取り替えて作品の分量を増やすのがもっともコストパフォーマンスが高いはずだ。
すると今度は、なぜサウンドノベル以外でもルートやループが存在しないのかの方が不思議になってくる。小説なら画像と音楽がないため相対的にプロットの重要性が上がるだろうが、世界とキャラの設定がキモなのは変わらないはずだ。
たとえば『風と共に去りぬ』が
- アシュレールート
- レットルート
- メラニールート
の3ルート分書かれていたとしても面白いと思うし、『変身』が自分が一匹のばかでかい毒虫に変っていることに気づく朝から死ぬまでを何度もループする大長編小説だったとしても、やっぱり面白いと思うのだ。もちろん文学的評価は別として。
ならばなぜなかったのだろう。それとも私が知らないだけなのか。単純に小説ではコストパフォーマンスがそれほど高くならないからなのか。あるいはこれから書かれるようになるのか。
小説はさておき映画ではある程度確実なことが言えそうである。映画にはサウンドノベルと違ってキャストという要素がネックになるが、CG映画にはそれもない。というわけでもうすぐ
サウンドノベルのようなルート・ループを積極的に使った映画(とりわけCGの)が作られる
と予想しておく。最近のDVDによく収録されているアナザーエンディングは、作られた目的こそ違えどその先駆けのような気もする。
■イスラームを知る32章
キリスト教徒から改宗したイギリス人女性の著作。西側文化の視点を持っているだけに、日本人にも読みやすいはず。入門用におすすめと思われる。以下読書メモ。
- 基本
- アッラーの他に神はなく、ムハンマドはアッラーの使徒である。
- イスラーム
- 「神の教え」
- ムスリム
- 「神に服従する者」
- ムハンマド
- 預言者。あくまで人間。
- クルアーン
- 「誦まれるもの」ムハンマドに掲示された神の言葉。7世紀から一度も加筆、削除されない。23年間にわたって預言者に啓示された長短さまざまの114のスーラ(章)、6616のアーヤ(節)からなる。アラビア語で約78000語。
- アッラー
- 「神(普通名詞)」唯一、全能神(「全能なる者」)、性別も家族も持たず、産みも産まれもしない。最後の審判の主宰者。
- ウンマ
- イスラーム共同体。対象は全てのムスリム(人種を問わない)。
- ムハンマドの生涯
- 570年頃サウジアラビアのマッカにクライシュ族の商人の家に生まれる。当時カーバ聖伝には偶像神。富裕な女商人ハディージャと婚姻。610年ジャバル・アンヌール(「光の山」)のヒラーの洞窟で天使ジブリール(ガブリエル)から啓示を受ける(ライラ・アルカドル(「力の夜」))。ブラークという人面有翼の獣にエルサレムへ連れて行かれ天界へ昇り、イエス、モーセ、アブラハムなど過去の預言者と話す。(ライラ・アルミラージュ(「昇天の夜」))。ヒジュラ(マディーナへの移住)。クライシュ族との戦い。マッカ巡礼。629年マッカ降伏、カーバ神殿の偶像を破壊。最後の巡礼。632年死去、享年63歳。
- ジハード
- 「聖戦」
- カリフ(ハリーファ)
- 「代理人」
- 正統カリフ
- 最初の4人のカリフ。アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリー。
- シーア派
- スンニー派(80%)に対して少数派(20%)。アリーとその子孫を正統とする。その他いくつかの細かい点で異なる。
- 啓典の民
- ユダヤ、キリスト教徒は同じ神を信じているとされ大筋で認められる。ただしイエスはあくまで人間で神の子と考えるべきではない。
- イスラームの5つの義務
- 信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼。
- 信仰告白(シャハーダ)
- 「アッラーの他に神はなく、ムハンマドはアッラーの使徒である。」を2人以上の証人の前で証言するとムスリムとなる。
- 礼拝(サラート)
- 1日5回。マッカの方向に決まった時刻に。名目上全員平等に行い(ミサでの神父に当たるような)聖職者はいない。
- 喜捨(ザカート)
- 貧しい者に施しをする。理念としては強制ではない。
- 断食(サウム)
- ラマダーンの一ヶ月間、夜明けから日没まで飲食を断つ。
- 巡礼(ハッジ)
- マッカへの巡礼
- スンナ
- 預言者の範例、慣行
- ハディース
- 預言者の教えや言行の記録
- シャリーア
- イスラム法
- スーフィズム
- 神秘主義
- ハラール(許された)
- 祈りを捧げながら頸動脈を切る方法で得る肉
- ハラーム(禁じられた)
- 利子(リバー)、麻薬・酒・タバコ(ハムル)、同性愛、豚肉
- 割礼
- 男性器の包皮切除。女性器切除はイスラーム以前の風習で無関係。
- 結婚
- ムスリム男性がキリスト・ユダヤ教徒の女性と結婚することはできる。逆は不可。婚資金(フマル)は夫が妻に払う。女性が金を払うのはイスラームの風習ではない。一夫多妻可能。離婚は望ましくないが可能。
■囚人のジレンマと差別的しっぺ返し
繰り返し型囚人のジレンマは現実社会のモデルとして有名なもの。このモデルでは常に協調するお人好しの「天使」も常に裏切る「悪魔」も生き残ることはできない。天使は食い物にされ悪魔は自滅する。
このモデルで最終的に安定して生き残ることができるのは「しっぺ返し」という
- 自分からは裏切らない(最初は協調を出す)
- 次からは常に相手の前の手をまねる
たったこれだけのプログラムである。で、このニュースはノイズによる情報符号化を利用して差別するしっぺ返しを実現して、単純なしっぺ返しの牙城を崩したという話。もちろんちょっとしたコロンブスの玉子的なもので、特に科学的にすごい意味があるわけではないのだが。
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■蟲師第4回枕小路
枕小路は特に好きな話なので初めて生放送を観た。やっぱりいい話だ。「蟲師」全体を貫く思想をよく表現していると思う。(以下ネタバレあり)
- 蟲は良いことも悪いことも引き起こす。
- 人の考える「なぜ」や「どうして」は通用しない
- ただ生を遂行しているだけ。
- 蟲にも人にも、誰にも罪はない。
- ただ性質を理解するよう努める。
- 絶てないなら騙し騙しでも共生するしかない。
自然が一番と言わず「理解と共生」をキーワードとするのが現代的エコロジーなのかな。
■やっぱりアニメ『蟲師』が良い
■郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす
■もっと人を殺しましょう
『鋼の錬金術師』(以下ハガレン)がいよいよ核心に迫ってきたようで面白いです。やはり現在連載中の少年漫画では群を抜いています。海外でも人気らしいですし、誰もが認める面白さと言えるでしょう。しかし、なぜ面白いのかを考え始めるとハガレンほど難しい作品もないです。個々の要素に分解してみると特別優れているところが1つもなく、むしろ古くさいと感じるところばかりだからです。
アニメ化でブームになった頃、錬金術の設定が面白いとか、等価交換のテーマ性がどうとか、あえてB級にこだわる娯楽性がどうとか、いろいろと研究されてはいました。しかし1つとしてハガレン独自の特徴であるとも、その人気のほどを説明できているとも思えませんでした。するとハガレンは一体なぜ面白いのでしょうか?
単刀直入に言いましょう。ハガレンが面白いのは昔の漫画のようにきちんと人を殺しているからです。ニーナを・ヒューズを・憲兵Aを・グリード組を・バリーを・ラストを、しっかりと殺しているからです。ついでに言うと手足が不具(なぜか変換できない!)だったりもげたりちょん切れたり、頭がぶっ飛んだりする描写をきっちりと描いてるからです。
短絡しすぎと思いますか? では『ワンピース』で常に過去編の方が人気なのはなぜでしょう? 過去編だけはちゃんと人が死ぬからですよ。それしか考えられません。『H×H』がたまにしか載らない下書き状態でも人気を維持できるのはなぜでしょう? どんな人気キャラでも次週には肉ダンゴかも知れないという緊張感があるからですよ。違いますか?
私は提案します。面白い漫画を描きたかったらもっと人を殺しましょうと。ここまではっきり言い切るのは、現在日本を覆っているある空気に対して自分が不満を感じていることを再確認する機会があったからです。
「不殺」が一種のPC運動となっているという指摘は当を得ていると思います。PC的教条主義は一見道徳的高所に立っているように見えて、思想の自由を妨げ社会を誤った方向に導きます。あなたが と感じているとしたら、間違いなくその原因の一角を占めているはずです。勝手な期待かも知れませんが、私はハガレンにこの「空気」を出し抜き、あわよくば打ち倒して、その先を切り開いてくれる可能性を見ています。他の表現者にもその気構えが伝播して欲しいと願っています。■感電すると骨が見える表現を初めて使ったのは?
先日なんの脈絡もなく子供のころの疑問が蘇りました。『トムとジェリー』とかでありますよね? 感電すると骨が見えるという表現。あれです。あれは一体誰が始めたんでしょう?どう考えても本当に感電したからといって骨が見えることがありえない以上、それを「初めて考えた人」「初めてそのような表現を使った人」が必ずいるはずだと思うのですよ。誰なんでしょう。その人はどこからそんな発想を得たのでしょう。気になります。
少し検索してみたのですが、同様の疑問は見つかっても、納得がいく答えは見つかりませんでした。予想では、X線発見以前にはさすがに不可能な発想であり「1895年以降」までは限定できそうです。なので最古の実例で追いつめていけば、そのうちある程度まで納得のいく答えが出せそうな気がします。なにか情報をお持ちの方は教えていただきたいと思います。
■部品を取りあげて自分の複製を組み立てるロボット
「自己複製ロボット」が、さらに生物に近づくには (from永字八法,NaokiTakahashiの日記)
おお、自己複製の話題では必ずと言っていいほど出てくるあのたとえ話が本当にこの目で見られるとは。感動した。しかしいくら見た目が面白くても喜ぶのは早い。ごく普通のアメーバとの間にはまだまだ天地の開きがある。もちろんアメーバが上だ。
かの天才フォン・ノイマンはセルオートマトンの研究から、自己複製は情報を
- 読み取って解釈する
- そのまま複製する
エネルギーと物質だけで自分自身の遺伝情報を複製しているアメーバと比較すれば、モジュールブロックを完成した状態で提供されているこのロボットは、まだまだ買ってきて決まった場所に並べてスイッチを入れれば自動的に組み上がるブロックのおもちゃにすぎない。残念ながら生物にはほど遠い。
それを言うならアメーバだってそれなりの有機物や水を提供されなきゃ自己複製できないんじゃないの? それらが存在しない星ではアメーバは生き物じゃないことになるの?
という疑問が湧くだろう。確かにそれには一理ある。コンピュータとインターネットを環境として考えるならコンピュータウィルスだって生物と言いはることはできる。明白な一線を引くのは難しい。要はどれだけ無秩序な環境で自己複製ができるかという程度の問題だ。
山の中に放り出されたロボットが、鉄鉱石とシリコンを採掘して精製して部品とコンピュータを作成して、自分のコンピュータからプログラムをコピーして、全く同じもう一台を作れるようになったら、その時こそ誰もが生きたロボットが生まれたと認めざるをえないことになるだろう。それはまだまだ先の話ではあるけれどももはや予見できないほどの未来ではない。
(追記)セルオートマトンについて知りたい人には下の書籍を強力にお薦めする。
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■星新一『生活維持省』を読んでその主題を50字以内でまとめよ。
突然ですが興味のある方は国語の問題のつもりで表題の質問に答えてみて下さい。作者が故人である以上、真の正解はどこからも出てこないので答え合わせはありません。ただ現在の、特に中高生ぐらいの若い読者がどう解釈する・しているのかに非常に興味があります。1,2週間後に本番のエントリでそれらと絡めて私自身の答えを書きます。ちなみに
- ショートショートにいちいち主題なんかないでしょ。
- そんなの読む人の解釈によるでしょ。
- 『ボッコちゃん』の単行本に収録されています。
- 海賊版なので直接紹介しませんがググればトップかその次あたりに原作にほぼ忠実なモナー系AA版が出ます。
- 漫画版もありますが、わずかとはいえ主題にも影響しうるアレンジが入っているので別ものとして考えます。
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■オープン・ウォーター
■SAW
■SPY
テックコンパク初のプラチナ賞作品ということですが、その名誉に恥じぬ面白さです。タクティクスオウガへのリスペクト感あふれる渋いオープニングデモでがっちりつかみにきて、そのままぐいぐいラストまで引っ張っていってくれます。
こういう良作をプレイしてしまうと、私が最近のゲームに興味がわかないのは、たんに歳をとって感性が衰えたわけではなく本当につまらないんじゃないかという疑いを濃くしてしまいます。内容についてはコンテストパークはじめすでに方々で絶賛されてますし、なによりプレイすればわかることですので私はあえて欠点につっこんでおきたいと思います。
やはり惜しいのは戦闘パートです。最初こそアニメーションに感激しましたが、そのうちただ見ているだけの苦行に感じるようになってしまいました。カード選択のバトル方式で、私が思い出すのは『ドラゴンボール3悟空伝』ですが、悟空伝は弱いカードを移動などで消費して、強いカードを温存するというところで戦略性を表現していました。SPYの戦闘ではカードは毎ターン全て入れ替えられてしまうので、その戦略性がありません。敵のカードは悟空伝同様ランダムに出てくるため、戦術性もありません。
プレイ中「カウンターはアタックとチャージのどちらに強いんだったっけ?」とか「あれ、今どのカードを出してたんだっけ?」と疑問に思う機会がたびたびありました。カードの種類による区別とその強弱はもっとはっきりしているべきです。
剣戟1つに何通りのもアニメパターンを作る労力をかけられるのならば、たとえばチャージのカードを出したなら明らかに突進しているとわかる専用のグラフィックがあって、それによってたとえば「ああ突進しているところに反撃をくらったんだな」などとカードの強弱が自然と見てわかるようになっていて欲しいところでした。
状態変化も種類が多すぎて最後まで憶えきれませんでした。「ヒートアップ」と「逃げ腰」の2通り程度に絞るべきだったかと思います。そもそも対応策が「攻撃系カードを選択する」か「防御系カードを選択する」の2通りしか用意されていないわけですからそれが限度のはずで、それ以上はわかりにくくしているだけです。
また状態異常に合わせた対応をしたくてもそれに合ったカードが手元にないこともあり、これもある意味運任せになってしまっています。カードが持ち越され、さらに相手のカードを見てからそれに合わせて自分のカードを決めるようなシステムでもよかったのではないかと思います。
もう一つの欠点は全体にスピードが遅いということです。私はずっとAlquadeLiteの2倍速でプレイしていました。非リアルタイム(シューティングやアクションなどスピード自体がゲームの難度に関わってくるようなリアルタイムのゲームを除いて、という意味)ゲームは作者がこれでいいと思った状態からさらに1.5〜2倍ぐらいに加速してちょうどよくなると思います。
マップでの歩行速度も遅く感じます。ダッシュ機能もありますが、そのダッシュを標準にしてもう一段階早い速度が欲しくなりました。特に気になったのは自室の扉を出てから下宿を出るまでの道のりです。ゲーム中もっとも数多く通らなければならない道なのですから、ぜひとも方向キー1つだけで、かつもう少し短い時間で抜けられるようにして欲しかったです。
「そんな細かいこと鬼の首でも取ったように言わなくても」と思うでしょうが、同様に自室ももっと狭くてよかったはずですし、マップ構成に関して類似の引っかかりがところどころに見られました。一時が万事というやつです。全体としてプレイアビリティには十分気を配っている様子がうかがえるだけに惜しいと思います。逆の言い方をするならそんな細かいところにしかつっこめないぐらい完成度が高いということです。
XPがスペック過剰で不発に終わった感があるツクール界ですが、ひさびさに文句なしにおすすめできる作品に出会いました。作品自体とは無関係ですが、サイトの制作回想録がまた面白いです。というのも「何かをきちんと作り上げられる人」の典型が見て取れるからです。具体的には豊富な
- 予定表
- コンテ
- 設計図
などの形で表されているもの、すなわち「計画性」です。ツクールに限らず何かゲームを作ろう、あるいは作ってみようかなー、作りたいなーと思っている方はぜひとも参考にしていただきたいです。










