■Winnyの技術
最近の暴露ウィルス騒ぎ関連の議論を読んでいて、なんかオモチャみたいなものという自分の中での印象が全然間違ってるらしいことに気づいたので読んでみた。確かにすごいものだなこれは。SkypeだってP2Pなんだし何か参考になることもあるかも知れぬ。これからも頭の片隅に留めておくようにしよう。以下読書メモ。
P2Pとは
P2P(Peer to Peer)……Peer:対等な対象
- クライアント/サーバ型
- 中心あり
- P2P(Peer to Peer)型
- 中心なし
- 障害に強く、規模の急拡大に耐えられる
- 全体の管理やデータの同期は苦手
P2Pファイル交換ソフト
- 第1世代……ノード情報は中央サーバが管理。例:Napster
- 第2世代……純粋にノード同士。例:Gnutella
- 第3世代……キャッシュを備える。例:Winny
ファイル検索
ファイルはキーと本体に分けられる。キーを検索する。検索にIDがついていて
- すでに経由したノードは検索をしない
- いくつかのノードを経由したら検索を打ち切る
ネットワークの構造
- 上流……高速回線を持つノード
- 下流……低速回線しか持たないノード
より能力の高いノードにキーやキャッシュを集め効率を良くする。各ノードは自分より上流の2つ、下流の5つまでとつながる。検索やキーは上流に向かってさかのぼっていく。
キャッシュ
- 一定の大きさに分割して多重ダウンロード化
- 要求・検索されたとき一定確率でコピーされる(拡散)
- 元の場所情報も確率で上書きされる(一次情報源の匿名化)
クラスタリング
似たような傾向を持つものをまとめることで小グループを作って破綻を回避。
■スーパーサイズ・ミー (7/10点)
1ヶ月間1日3食マックを食べ続けたらどうなるかを自分で人体実験してみたよ! というドキュメンタリー映画。タイトルが秀逸。第一印象から言うと、よく比較されるマイケルムーア作品よりも品が良くて好きだ。一度は見ておいて損はないと思う。題材は言うまでもなくマクドナルドを筆頭とするジャンクフードと肥満問題の関係である。実験の科学性に疑義が出ているであろうが、どうせ1人のケースで科学的な結果など出せるわけがないのだから個人的にはどうでもよいと思う。日本ではアメリカと違って肥満を深刻な社会問題として意識することはまだ難しい。自分の肥満に責任があるとしてマクドナルドを訴えた話はどちらかというと“訴訟社会アメリカ”の文脈で嘲笑的にとらえられている思う。もちろん仮に私が肥満だったとして、今現在マクドナルドを訴えたいとは思わないだろう。しかしまた荒唐無稽とも思わない。今現在の視点ではばかげた主張に見えることは確かだが、社会がジャンクフードをずっと今のまま許容し続けるとも思えないからだ。
作中でも出てきたがタバコ問題との対比で考えてみるとよい。私の子供の頃は現在のように「吸っていいと決められた場所でしか吸ってはいけない」というマナーが一般常識として定着することなど思いもよらなかった。あるいはタバコの箱に「あなたに肺ガンのリスクをもたらします」とかなんとか表示することが義務になったり、「マイルド」のような名前をつけることが禁止されるということも想像もしなかった。私が見てきたたった20年のうちにそれだけの変化があったのだ。社会の倫理観は知識の進歩に伴ってわずかずつとはいえ着実に変わるものだ。
私の両親の時代は学校の予防接種でいちいち針を変えたりしなかったという。今の価値観では「なんと野蛮な!」と思ってしまいそうだが別にそのころの日本人が特に馬鹿だったというわけではなく当時はそれが普通だっただけだ。私の子供の世代は「むかしはどんな場所でタバコを吸ってもよかったんだよ」と聞かされたら「20世紀というのはなんと野蛮な時代だったのか!」と言うに違いない。いずれジャンクフードに対しても似たようなことが起きるだろう。
タバコの箱にがんのリスクを明記することが義務になるのなら、そのうちジャンクフードの包み紙に「あなたに肥満と心臓病のリスクをもたらします」と表示することが義務になったっておかしくない。タバコに「マイルド」のような害が少ないかのような名前をつけることが禁止されるならば、マクドナルドでおもちゃを配ったりピエロや遊具を配置したりすることが禁止されたっておかしくはないだろう。おそらく私の玄孫あたりの世代はマクドナルドが乱立していた21世紀中ごろの世界を野蛮の極みと馬鹿にすることになるのではあるまいか。
■ダヴィンチ・コード (3/10点)
タイトル大事だね! タイトルはすごく面白そうで、予告編は結構面白そうで、本編はかろうじて寝ないで見られる程度でした。それにしてもやることなすこと『ナショナル・トレジャー』と寸分違わないベタなトンデモ系アクションサスペンスなのに、『ナショナル・トレジャー』よりはマシに見えてしまうのはなぜだろう。冷静に考えると『ナショナル・トレジャー』の方がギャグもアクションもサスペンスもどれを取ってももっと頑張っていたように思えるのだが……。これはやはり工夫なんかでは追いつかないアメリカとフランス・イギリスの歴史の厚みの違いなんだろうなあ。原作は読んでいないので映画化がどの程度うまくいってるのかわからない。でも小説版の方が格段に面白いだろうと考える要素もなさそうだ。トム・ハンクスかジャン・レノが出てれば何でもいいという方にしかおすすめはしません。
■コンピュータ開発史―歴史の誤りをただす「最初の計算機」をたずねる旅
図書館で借りたがこれはなかなかいい本だ。古代のそろばんから、元祖“バグ”、コロッサスやENIACまで計算機とそれに関わる人・文物の歴史が写真入りでまるで図鑑のように。面白いけど7000円もするから普通だったら買えないな。図書館のありがたさよ。副題に歴史の誤りをただすとあるが、確かに私もコンピュータの歴史には結構興味があるつもりだったが全然知らなかったり間違って憶えていることも多かったな。私が中高生の頃は確かに最初のコンピューターはENIACと何かに書いてあった気がする。研究が進んだのか。備忘のために巻末の一覧表をメモっとこう。
計算機の最初
| 計算機 | 完成時期 | 作製者 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ネピアの骨 | 1600年ごろ | ジョン・ネピア | 最初の乗算の道具 |
| シッカートの計算機 | 1623年 | ウィルヘルム・シッカート | 最初に歯車を使った計算機 |
| ライプニッツの計算機 | 1700年ごろ | ゴットフリード・ライプニッツ | 最初に乗除算ができた計算機 |
| 階差機関 | 1830年ごろ未完成 | チャールズ・バベッジ | 最初の出力機構を持つ計算機 |
| 解析機関 | 1870年ごろ作成されず | チャールズ・バベッジ | 最初にプログラムを導入した計算機 |
| Z1, Z3 | 1938年(Z1), 1941年(Z3) | コンラッド・ツーゼ | 最初のプログラマブル計算機 |
| ABCマシン | 1942年未完成 | ジョン・アタナソフ | 最初に電子的にデジタルに計算できた計算機 |
| コロッサス | 1943年12月 | チューリング、フラワーズ | 最初に大掛かりに真空管を使った機械 |
| ハーバード・マーク1(ASCC) | 1944年8月 | ホワード・エイケン | 最初に実用になったプログラマブル計算機 |
| ENIAC | 1946年2月 | ジョン・モークリ、ジョン・エッカート | 最初に実用になった電子式デジタル計算機 |
| SSEM(Baby) | 1948年6月 | フレデリック・ウィリアムズ、トム・キルバーン | 最初に動いたフォン・ノイマン型コンピュータ |
| EDSAC | 1949年5月 | モーリス・ウィルクス | 最初に実用になったフォン・ノイマン型コンピュータ |
| EDVAC | 1951年12月 | ジョン・モークリ、ジョン・エッカート(設計だけ) | 最初にフォン・ノイマン型を提唱したコンピュータ |
■ザ・鬼詩音
ひさびさにひぐロワやったら非常に面白い結果になったのでひさびさにリプレイを。舞台は興宮マップ。サウンドは普通にデジタルネットワーク。プレイヤー圭一、装備はゴルフクラブと催涙スプレー。まずまずか。トミーが開始早々D2地点で梨花ちゃまをスタンガンで昏倒させ、動けなくなったところにコルク鉄砲を3連射! 何やってんのあんたは(笑)。そこへ魅音が踏み込んできてトミーは逃げ出す。これで魅音・梨花コンビができたらそこに合流するのもいいなあ」と思っていたらなんと魅音はそのまま梨花にシャベルを振り下ろす! 犠牲者1号は哀れ一度も行動できずに終わった梨花ちゃま。赤坂のガス放送は南南西から。富竹は続いてレナにも出会い頭にスタンガンを喰らわせ、そのまま一方的に殴り殺して怪しい注射器を奪う! ちょ、それはトミー的には正しい行動かも知れないが(笑)。そんなことをしている間に、防刃ベストに鉈という重装備の大石がナイフ装備の鷹野と、入江が珍しく葛西と、詩音が沙都子と組む。やばい。圭一孤立の気配。確実に仲間にできそうなのが魅音ぐらいしかいなくなってきた。
と思ったらその魅音は知恵先生にシャベル1本で白兵戦を挑み、反撃の黒*であっさり埋葬されてしまった。圭一は重装備の大石・鷹野組や入江・葛西組に追い回され逃げ回る。厳しいなあ。もう詩音・沙都子組に合流を狙うしかないのか。しかし、詩音・沙都子組に先に近づく影……、その名は悟史! 迷うことなく必殺のなでなでで微笑ましいトリオ結成! まずいまずすぎる完全に孤立コースだ。トミーと組むしかないのか!?
結局までマップ右下から、右上隅のE1まで追い回された圭一。消耗したスタミナを回復しながら事態の推移を見守っていると、ガスと偶然に導かれ、圭一・入江・葛西以外の全員が続々とD2に集まってきた。完全に孤立している身としては少しでも他がつぶし合ってくれないと勝ち目がない。望み通り誰も逃げ出さず結構な乱打戦が始まる。
鷹野・大石コンビによるナイフと鉈の連続攻撃が悟史に集中し悟史死亡。詩音がライフMAXからのONIモード発動! ほほう珍しいこともあるもんだ。せいぜい他の強豪コンビの力を削いでくれたまえ。トミーは、スタンガンと注射器を放り出してカメラと角材を拾って沙都子を撮影などというわけのわからない行動をしているところに鬼詩音に斧で頭を割られ即死。ONI詩音は続いて鷹野も両断。鷹野の落としたナイフが詩音の手に渡り完全なるONIモードに! 怖すぎです。さすがに鬼詩音の迫力に恐れをなしたか瀕死の知恵が東へ逃走。
ここへ葛西・入江組が乱入するが、葛西が落とし穴にはまる! 沙都子がトミーの捨てた注射器拾ってすかさず突き立て葛西ガリガリ死。入江も前のマスで蓑巻きにかかっていたので詩音のナイフで一撃でお陀仏。体力MAXの成人男性2人が瞬時に消える。罠恐るべし。ONIモードの長期化で詩音の力がやばいことになっている。防刃ベストを着た大石をナイフで襲いなんと一撃で17ダメージを与える! ひええええ人間の力じゃねえ! 大石は東に逃走したところを知恵先生に日本刀でバッサリ止めを刺される。戦う相手のいなくなったONI詩音は沙都子を後ろから斧で両断。怖いちゅーねん。ほんまに鬼やな。あの微笑ましいトリオはどこへ……。
ここでうたのお兄さんこと赤坂衛から最後の放送。D1が最終地点となる。しかしE2からD2に移動した知恵は沙都子の忘れ形見の竹槍にかかって即死。少しでもつぶし合ってくれればなんて思っていたらいつの間にか生き残りは詩音との2人だけに!
異例の長いONIモードですでに詩音のパワーが22にも達している。おまけに得物は得意のナイフ。こちらは体力MAXとはいえ一撃で殺られる可能性が高い。装備はゴルフクラブと催涙スプレーのまま、落ちている武器はない。詩音のライフは途中で鷹野の一撃を受けただけで8も残っている。ゴルフクラブの一撃で倒しきれる保証はない。催涙スプレーは当たれば勝利確定だがスピードも上がっているONI詩音に当たる可能性はかなり低い。一撃で倒しきれなくても、こちらがナイフの一撃に耐えられた場合勝利確定になる分ゴルフクラブの方がましに思われた。運を天に任せゴルフクラブをフルスイング! 7ダメージ! ぐわああ惜しい1ポイントの差で倒しきれずONI詩音がナイフで攻撃17ダメージ! 1ポイントのオーバーキルで圭一即死! つぶし合い待ち戦略として正しかったのだがなあ……。事実最悪に近い巡り合わせの序盤から優勝一歩手前まで持ち込んだわけだし。ONIモードの真のパワーに打ち砕かれた回でした。
■DvorakJP + REALFORCE万歳
キーボードの話はもう終わりにするつもりだったが、いくつか書き忘れたことがあったので補足的に。まずDvorakJPはやはり良い。確かにデファクトスタンダードから外れることの不便はあるが、ソフトウェア切り替えであればどうにかなる。主な作業を自分のマシンで行う人にとっては自信を持っておすすめできる。DvorakJPでも不満が残る唯一の点は左手小指の使用率が高い(とは言ってもQWERTYの状態より悪化するわけではない)というところだが、そこをRealforceの変荷重方式(弱い指に割り当てられるキーほど軽い)が解決してくれている。また今回キーボードについて調べている課程で「小指のつけ根あたりの掌でCtrlを押す」という動作を初めて知ったのだが、これもやってみると便利で、Realforce91UBKでWinキーとアプリキーが他のキーよりちょっとへこんで配置されているのは、単なるデザインではなくてこのためだったのかと納得することしきりであった。それにしても今回の一連の流れでは実際に便利にもなったが、いろいろと勉強にもなった。スティーブン・ジェイ・グールドは高校・大学時代に非常に影響を受けた著述家の1人だがこんな形で世話になるとは思わなかった。何がどう役に立つかわからないものだ。
■デスノート完結「ジャンプ推理もの」10年の長い旅路
むかしむかし、いわゆる暗黒期にあった少年ジャンプは、マガジンの『金田一少年の事件簿』(連載開始年:1992)・サンデーの『少年探偵コナン』(1994)の人気にあやかろうと推理ものの道を模索し始めました。『あやつり左近』(1995)『心理捜査官草薙葵』(1996)『少年探偵Q』(1998)を送り出しましたがいずれも短期打ち切りに終わり「やっぱり努力・友情・勝利のジャンプに推理ものは似合わねーよ!」とバカにされました。ちょっと趣向を変えて推理ものパロディーのギャグマンガ『ぼくは少年探偵ダン!!』(1998)を出してみましたがやっぱり打ち切りでした。あまつさえ「それでもQよりはよっぽど推理ものしてたぞ(笑)」などとおちょくられる始末でした。もはや「ジャンプ推理もの」と言えば物笑いの種以外のなにものでもありませんでした。
そしてジャンプ推理ものの歴史は絶えたかに見えました。人々の記憶からも完全に忘れ去られました。しかし今見直してみると気になる要素がありますね。『あやつり左近』の作画は小畑健、『ぼくは少年探偵ダン!!』の作者はガモウひろしです。そうです『DEATH NOTE』(2003)の作画と原作です。何か運命的なものを感じますね。
読み切り版の『DEATH NOTE』(2003)が掲載されたときは「やはりヒカ碁(ヒカルの碁)の再開はないのか!」「何これ? 小畑はまた原作に恵まれない悲劇の作画に逆戻りか……」という程度の反応が多数だったと思います。連載版『DEATH NOTE』(2003)の大ヒットを予想した人は、少なくとも私の知る限りではいませんでした。
連載版デスノートの大ヒットによって「ジャンプ推理もの」は大逆転を遂げ、歴史は忘れ去りたい黒歴史から(そうだと思われてはいなくても)栄光ある犠牲の歴史となりました。屍山血河によって築かれたそのフォーマットは、デスノート完結後も『魔人探偵脳噛ネウロ』(2005)等に引き継がれています。今後長く生き続けることになるでしょう。めでたしめでたし。
と、まあ思わず昔話口調になってしまうくらい良くできた物語となった「ジャンプ推理もの」の歴史だが、それはそのまま金田一少年的な古典的推理もの(金田一少年が古典推理ものと言えるかはさておき)の時代からメタ推理ものの時代への変遷の歴史とも思える。
単純に言えば、ネット化によって、瞬時にネタバレされてしまう論理的にまっとうな謎よりも、無限の妄想・嘘バレを楽しめる荒唐無稽な謎の方が、読者にとって価値あるものとなったのだ。この変化は不可逆なものであり、エンターテイメントの歴史に大きな意味を持っていると私は思う。
■CUBE(10/10点)
『CUBE ZERO』……。これはひどい。せめて「時間の浪費は神への冒涜だよ」(だっけ?)という台詞を、観る前に言って欲しかったよ……。後になるほどダメになるシリーズものは枚挙に暇がない(むしろそれが普通)とは言え、ここまで落差の激しいのもなかなかあるものではないだろう。ただのダメSFグロ映画ならともかく、変な設定を付け加えることで奇跡的な超傑作である元祖CUBEの完成度すら下げてしまうので余計にたちが悪い。地雷であると知らせる以外特に言及して面白いものでもないので、口直しに元祖CUBEの方のレビューを書くことにする。
低予算で大ヒットして『CUBE』ものとでも言うべき一連の後追い作品を生み出した作品であるが、完成度において元祖CUBEに勝るものはない。今度も当分不可能だろう。CUBEとその中に入れられたキャラクターたちは、見事に世界と人生のメタファーになっている。
年齢・性別・外見・性格が違うさまざまな人間がいる。しかしなぜここにいるのか、なぜ来たのか誰も知らない。罪を犯した罰か、神の思し召しか、政府や宇宙人の陰謀か、はたまた偶然か。みんな意見は持っているが答えはない。
大きさは十分理解できる程度なのに内部は複雑であり探検し尽くすのはとても大変である。理不尽で残酷な死があちらこちらに待っている。ただじっとしていてもいつかは死ぬ。でもなんだかんだ言って自分たち同士で殺し合ってるケースが多かったりする。
中には一見不可解なそのルールを理解できる者もいるし、作るのに参加している者すらもいる。しかし全体を理解している者は誰もいない。作られた意図までくるとさっぱりである。おそらく外にもいないのだろう。出口はあるのか。そもそも“外”とはなんだ。皆なんとなくあると思っているようだが本当にあるのか。
これ以上に大きなテーマをこれ以上小さなセットに詰め込むことは、世界か人間か映画の技術のどれかが大きく変わらない限りそうそうできることではないだろう。グロ描写が全く駄目という人以外は一度は観ておくように。ちなみにビデオ屋でパチものと間違えないように注意。そして2やZEROを観るのは、我慢できたら我慢するが吉。
■ジグソーパズルのゲームデザイン
そんなの見ればわかるだろ、と突っ込むのはちょっと待っていただきたい。ドラクエ・FFに代表される日本式の万人向けRPGにおいておおむね望ましいとされている難易度の変化は
| 序盤 | 中盤 | 終盤 |
|---|---|---|
| 易しい | 難しい | 易しい |
というものだった(たぶん今もそうだろう)。
最初から難しいとプレイヤーは引き込まれる前に投げ出してしまう。だから序盤は必要ならばガイドラインやチュートリアルもつけて難易度的にはとても簡単にしてすらすらと進ませなければならない。
中盤以降はプレイヤーはすでにある程度ゲームに引き込まれているし、それまでのプレイを無駄にするのが惜しいという意識が働くので、少々詰まっても投げることはなくなる。だから頭を使うミニゲーム・レベル上げの必要な強敵・重苦しいイベントなどを設定しても大丈夫になる。
終盤は伝説の武器を取ったり究極の呪文を覚えたり能力がインフレして再び簡単になる。中盤の苦労をバネにカタルシスを得るときだ。怒濤のラストイベントでテンションが上がっていて早くエンディングの余韻に浸りたいぜー! と思っているのにラスボス戦に負けてまたやり直しになっては興醒めだ。
ジグソーパズルをゲームをして見た場合、この基本に実によく合致している。通常ジグソーパズルを始めるときは、まず端のピースをそれ以外のピースから分けて外枠を作るところから始め、続いて全体図の中で特徴的な図や色になっている場所を作るだろう。このあたりまでがガイドラインやチュートリアルの存在する序盤に当たる。
簡単にはめられるピースがなくなり徐々に行き詰まってくるが、外枠と一部の部品だけ完成して拡がっている状態のジグソーパズルを壊して片付けるわけにもいかないので完成を目指して頑張るしかない。これが中盤に当たる。
そして終盤になって残りピースが少なくなると可能性が急に少なくなって怒濤のクライマックスが訪れる。うおおおお! つかむピースつかむピースどれもピタリとはまる! 俺って天才!? もうすぐ完成だぜええええ! やったあああああああ!! というわけだ。
見事なまでにRPGで望ましいとされている難度の分布に沿っているわけだ。だからなんだというわけではないが、このことはジグソーパズルがいつまでも廃れずに生き残っている理由と無関係とは思えないのである。
■スパムとフィルタと『肩の上の秘書』
私用のメールアドレスをgmailにするようになってからスパムメールを見ることがめっきり減った。gmailのスパム排除率は恐ろしいばかりであり、あれほどうっとおしかったスパムメールがもはや「はははは! 来るならいくらでも来やがれ飛んで火に入る夏の虫め!」とむしろ快感に感じるほどである。しかし今回センスオブワンダーを感じたのはスパムフィルタそのものの凄さではない。スパムメールというものは業者が集めたメールアドレスに向かってまとめて自動送信しているものだ。ということはスパムフィルタによって自動的にゴミ箱に移され、30日後に勝手に消えていくメールの中には、発生から消滅まで一度も人間の意識を通過していないものがかなりあるに違いない。そこで思い出したのはこれだ。
近未来。誰もが通訳の役割をするロボットのオウムを肩に乗せている。誰も人の言葉を直接聞かず、人に向かって直接話しかけることもない。あるセールスマンが自分のオウムに向かって「○○を買え」とつぶやくとオウムが熱心な売り込みの文句をしゃべる。客のオウムがそれを「○○を買えとさ」と通訳する。客が「いらないわ」とつぶやくと客のオウムが婉曲な断りの文句を述べる。セールスマンのオウムがそれを「いらないとさ」と通訳する。「あばよ」とセールスマンがつぶやくとオウムが丁重な別れの挨拶をする。セールスマンが仕事帰りにバーに入るとママのオウムが熱烈な歓迎の言葉を……。と、こういうお話。オウムの馬鹿丁寧で回りくどいしゃべり文句が面白さの肝なので、この要約ではショートショートそのものの面白さは伝えられないのだが、何を言いたいかはもうわかっていただけると思う。この話を読んだときは、機械のオウムはあくまで本音と建て前のギャップを戯画化したものであると考えていた(もちろん本当にそうなのだが)。
これに類するものが実現したり実用化したりするという可能性はまったく考えもしてなかった。しかしよく考えれば、扱うものが音声か文字列か、変換の結果が馬鹿丁寧か無視か(似たようなもんだ)ぐらいの違いはあれど、現在スパムメーラとスパムフィルタで我々がやっていることは限りなくこれに近いのではないかと思うのだ。
■「へんな会社」のつくり方 常識にとらわれない「はてな」の超オープン経営術
今さらですが読みました。かなりの部分ネット上で読んだことがありましたがやっぱり面白かったです。1つのエントリ(?)が短くてらくーに読めるのでおすすめです。以下読書メモ。
情報を隠蔽せずオープンにする
- 情報を私物化せず共有する
- まず公開して閲覧者が選択する
会議の無駄(参加者全員の時間単価×会議時間)をなくす
- 立って会議(無駄に長引かない)
- ICレコーダで録音してMP3形式でUP(ただなんとなく聞いておきたいという消極的理由で出席しなくてよい)
ペアプログラミング(エクストリーム・プログラミングの1つ)
- 仕事以外のことができない
- ここはとりあえず放置して後で……、ということができない
- ノウハウが共有される
フリーアドレス(毎日強制席替え)
- コミュニケーションの促進
- オフィスがきれいに保てる
- 「今日の仕事」を意識できる
サービスのディレクターをコンペで決める
非連続的(突発的・破壊的)アイデアをどう形にするか
- 連続的アイデア
- 普段のオフィス(毎日)
- 非連続的アイデア
- 開発合宿(大規模・3日ほど)
- 移動オフィス(中規模・1日)
人を知る・他人を知る・壁を取り払う
- フリーアドレス
- オフィス交換
- カードゲームで遊ぶ
- ページランクでボーナスを決める
- ブログで人材採用
- 偉くない管理職(開発者が若い社員に工程管理を頼む)
プロセスをオープンにすることで信頼を得る
- オープンソースの成功
- 不具合対応
- 削除要請対応
- 住所登録撤回
- 予測市場でアイデアを取引(はてなアイデア)
50%の完成度でサービスをリリースする
- 単純に早く出す方が有利
- フィードバックを得られる
■WiiとDSで再び任天堂の天下が来そうな予感
任天堂「新」世代機・Wii情報まとめプレステ3が6万円近い値段になるのだとか。私は長らく家庭用ゲーム機の世界から遠ざかっていたので多少感覚がずれているのかも知れませんが、いくら何でも高すぎると感じますね。一年早ければ、高かろうが何だろうが他に選択肢はないので売れたでしょう。しかし、DSの大ブレイクによって、ゲーム機には高性能化以外の発展の選択肢があることが理屈でなく事実として知れ渡ってしまったわけで、大人はともかく子供がDSとソフト沢山よりもプレステ3を選んでくれるのでしょうか。興味深いところです。
私個人としてもDSはそのうち買ってしまいそうですし、Wiiも買わないまでも触ってみたいと思いますが、プレステ3には今のところ食指が動きません。それにしても最近の任天堂には勢いを感じますね。ファミリーコンピュータ直撃世代だった私ですが、再び任天堂の天下と言われるような時代がやってきそうな予感がします。もちろんファミコン・スーパーファミコン時代のような一極体制にはなることはないでしょうが。
■電気分解した水で頭を洗う
うちの近所の980円の散髪屋では、いくらか余計に払うと電気分解した水で頭を洗ってくれるそうです。フケや痒みを防ぐ効果があるそうですが、それは水素爆鳴気で頭髪を吹き飛ばしてやるという意味でしょうか、それとも水酸化ナトリウム水溶液で頭皮をきれいさっぱり溶かし去ってくれるのでしょうか。確かにフケや痒みはなくなりそうですがそれ以前に命がなくなりそうなのでいつも丁重にお断りしております。つーか日本の教育は一体どうなっているのですか。電気分解って中学校でやった記憶があるんですけどね。私の記憶が確かなら中学校って義務教育じゃありませんでしたっけ? マイナスイオンの角に頭ぶつけて死にたくなります。それで思い出したのですが、ちょっと前に「水はなんでも知っている」(なんか微妙に違う気がするけどわざわざ調べるのもアレだからこれでいいや)とか何とかいう本が話題になってた気がします。現物を読んでいませんしブログも流し読みだったので当てずっぽうで言ってしまいますが、あの本の今までありそうでなかった点というのは「エセ科学の文脈で語られがちだが、エセ科学ではない」というところじゃないでしょうかね。
エセというのは一応科学を装っているという含みがあっての言葉ですが、それすらしていそうにないのでエセ科学ではない。躍起になって科学を非難してるわけでもなさそうだから反科学でもない。つまりそれ以前の純然たる非科学、魔術の領域だってことです。紙に書いた言葉に反応して氷の結晶の形が変わる(だっけ?)とかいう主張はどう考えても雨乞いの祈りとか呪文を唱えたら病気が治ったとかと同レベルの話ですからな。正直な話その思い切りっぷりが単にネタとして面白かったから有名になっただけじゃないのかと思っているのですが、冒頭の「電気分解した水」がまかり通ってるような社会状況じゃ怪しいかも知れませんな……。
■Life Hacks PRESS デジタル世代の「カイゼン」術
ライフハックというのは仕事や雑用をより少ない労力とストレスで済ませることができるようなノウハウのこと……らしい。言葉としては最近知ったのだが私は昔からそういうのに凝る人だったので個人的にはこの本はあまり役に立ったとは言えない。一度は考えたことがあるようなこと・やってみたことがあるようなことが多いからだ。『Web進化論』がWeb2.0って何? という人向けに書かれているのと同様、ライフハックって何? というような人向けに書かれた本なのかも知れない。カイゼンという言葉が具体的な方法ではなく常に改善を意識し続ける精神を指しているのと同じくライフハックという言葉を意識するだけでも生活は少し変わってくるだろう。いま実際にライフハックって何? と思っている人は読んで損はしないと思う。
■Google IMEってないの?
キーボードによる入力効率を一通り改善してみてIMEが視界に入ってきた。もっとも、他の入力・編集が効率化された分相対的に目立つようになってきたと言うだけで、不満があるという意味ではない。私の使っているATOKはそもそもそれなりに賢い上に長年の使用で辞書が自分用にカスタマイズされてきているからだ。ただGoogleはIMEを作らないのかな? という疑問が頭に浮かんだ。調べたらこのAjaxを使ったIMEの作者がGoogle社員らしいということだけど、そのものずばりのGoogle IMEにあたるものはまだないらしい。IMEのような自然言語処理はGoogleの得意中の得意のはずだし、需要は確実にあるだろうし、google検索やgmailなどの性能からして変換効率ももっとよくできそうだし、各ユーザーの入力・登録を元に自動的に単語や変換規則を学習して賢くなるというようなこともできそうだ。あったら是非試してみたいものだが、そもそも普通のIMEがどんなアルゴリズムで動いているものかもよく知らない。今度調べてみよう。
■パンダの親指でキーボードを叩く話 その3
DvorakJPで入力するようになってずいぶんタイピングは楽になったのだが、まだ改善の余地は残されている。最後にメインの配列以外の細かいキーカスタマイズの話である。以前書いたようにタイピング時に遊んでいる親指に、何か他の指が行っている仕事の中でもっとも忙しくて難しい仕事を割り当てるのが最善の改善手段となるであろうことは間違いないと思われる。それでは使用頻度が高くしかも押しにくいキーは何か。私の場合間違いなくShiftとBackSpaceである。Shiftはプログラミング言語で大文字小文字の打ち分け・記号の入力をするために頻繁に使用するにも関わらず、小指(とりわけ右はホームポジションから相当に遠い)に割り振られている。BackSpaceも(IMEの設定にもよるだろうが)打ち間違いの訂正・変換の訂正・文字の削除に極めて頻繁に使用されるにも関わらずホームポジションからは扱えない離れた位置にある。次いでEnterである。Enterは押しにくいとは言えないがホームポジションから手をずらさなければならないことに違いはなく、使用頻度の高さはは説明不要である。
そうなると親指で扱いやすいキー、無変換・変換・左Alt・かな4つのキーにそれら(Shift・BackSpace・Enter)の機能を割り振ることにすれば幸せになれそうである。ではそうしてみようではないか。前に使ったChangeKeyでもって以前に書いたニセ親指シフトに加え左AltをBackSpaceに、かなをEnterにする。BackSpaceの改善が思った以上に大きく、とても快適になった。これに関しては単純に私と同じようにしない方がいいかもしれない。たとえばプログラミングをしない場合Shiftの使用頻度はそこまで高くなるとは思えないし、IMEの使い方が違う人にとってはBackSpaceにそこまでの価値がないかも知れない(ちなみに私のIMEはATOK)。挑戦する場合は必ず自分のキー使用頻度を考えてから設定するように。
結局よいキーボードが欲しくなった理由とはせっかく新しい配列を憶え、カスタマイズもしたのだから、肝心のハードが2000円弱の安物のままでは片手落ちではないかと思ったからである。思い切って買ったRealforceの使い心地はとても素晴らしく結果的には大正解だったわけだが、さすがにこれ以上は改善される効率に対する労力が割に合わないと感じているので、私のパンダの親指脱却作戦はおそらくこれで終了であろう。親指シフトやそのさらなる改良を目指している人たちもいるようで興味津々ではあるのだが……。
■アイラ・レヴィン『死の接吻』
デスノートが終わりそうです。「ジャンプで完全に悪役が主人公の漫画はかつてあっただろうか」とか「デスノートってドラえもんの『独裁スイッチ』を大長編化したみたいな話だったなあ」とかいろいろな語り口を考えましたが、どれもまだまとまらないのでとりあえずデスノートから連想された作品の紹介にしてきます。この『死の接吻』もデスノートよろしくいわゆるピカレスク小説。夜神月と同じく顔も頭も良い野心家の青年が主人公です。主に犯人視点から描かれ、完全犯罪を目論む主人公が定められた破滅に向かって追いつめられていく過程が主軸になっています。思わず「そんなアホなー」と言ってしまうようなジャンプ漫画的な展開が何度かあります。クライマックスのアクションも「○○○○○○○○(ネタバレになるので秘密)かお前は!」と突っ込まずにはいられないでしょう。しかしやっぱり突っ込みながらでも面白いものは面白いのです。
ちなみに作者は『ローズマリーの赤ちゃん』の方がよく知られているかもしれないアイラ・レヴィン。これが23歳の時に書いた処女作というのもなんともすごい話です。デスノート成分が欠乏して困ったら試しに読んでみてはいかがでしょうか。少なくても損はしないと思います。
■X OPERATIONS 0.96
フリーゲームでは珍しいFPS、昔ちょっとした暇潰し用ソフトとしてずいぶん長い間愛用していたX OPERATIONSがひさびさにバージョンアップしてました。新たに遺跡のマップといくつかのミッションが追加された他、従来のミッションも難度が上がっているような気がします。
しかしこのシングルだろうがマルチだろうが余計な要素一切抜きで、ただひたすら撃つか撃たれるか・殺るか殺られるかだけの殺伐とした空間がなんとも言えません。敵のAIが少々お馬鹿だったり、死体がオブジェクトにめり込んだりするぐらいはご愛敬。
■プロデューサーズ(9/10点)
■パンダの親指でキーボードを叩く話 その2
グールドのエッセイ以来QWERTY脱却の機会をずっとうかがっていたのだが、実際に決意したのはUIEJへの就職の決まった5ヶ月ほど前である。ソフトウェア会社に就職するというのなら趣味もパソコン・仕事もパソコンとなり一日中パソコンに触っていることになるのだから、わずかでも効率が改善されるのなら大いに意味があるはずだからだ。乗り換える対象は慎重に選ばなければならない。せっかく苦労して移行したのに前より効率が悪いなどということになっては何をやっているのかわからないからだ。情報収集の末に熟慮を重ねて(?)最終的に選んだのがDvorak配列に改良を加えたDvorakJPをDvoraker(シェアウェア500円・ただしDvorakに変換する部分のみならばフリーで使える)というソフトウェアを使って行う方式である。Dvorak配列とその日本語入力用拡張であるDvorakJP、その利点についてはこのあたりを参考にさせていただいた。それ以外にも単純にハードウェアによらずソフトウェアによる切り替えを行うことの利点が大きい。
- キーボード本体が普通のものでもよい
- ショートカットキー(言うまでもなくQWERTYを前提に割り振られている)だけ変えないことが可能
- 他人がマシンを触るときにクリック一発でQWERTYに戻すことができる
■パンダの親指でキーボードを叩く話 その1
さて、良いキーボードが欲しくなった理由について。そもそものきっかけはスティーブン・ジェイ・グールドのエッセイ『テクノロジーにおけるパンダの親指』であった。その要約を示そう。
パンダが指で竹を掴み、ごしごしと枝をしごきながら食べているところは見たことがあると思う。その時器用に使われている親指に見えるものは実は親指ではなく手の骨である。
パンダは外見通り熊に近い系統の生物で、熊と同じく親指は他の4本の指と並んで付いている。5本の指と相対して竹を掴んでいる6本目の指(に見えるもの)は撓側種子骨という手の骨(パンダ以外にもあるが普通はとても小さい)である。後足の撓側種子骨も大きくなっているがそちらはなんの役に立っているようにも見えない。なぜそんな奇妙なことになっているのか。
すでに並列に並んだ5本指を持っていたパンダの祖先は、竹を食糧にし始めたからといって、新たに指の配置をゼロから考え直して親指を竹を掴めるように配置し直すことなどできなかった。元から手に存在した手の骨のひとつを異常発達させる方が進化的に早道で、しかもそれで必要十分だった。だからそうなり、それに留まっている。それだけのことである。
パンダの親指(手の骨)が教える真理は、時計の針を後戻りさせることはできず、現在は歴史に拘束されているということである。そしてそのような歴史に拘束された不完全でその場しのぎの適応こそ進化の紛れもない証拠である。なぜなら完璧な適応は全知全能の神の御業である等と創造論的に説明することはできても、不完全でその場しのぎの適応を神がマヌケで面倒くさがりな証拠であるという説明はできないであろうからだ。
生物の進化とは異なり、間違っていたらいったんゼロに戻って作り直すことができるテクノロジーの分野においてすらも、歴史の拘束は存在する。その代表的なものがキーボードである。今あなたの目の前にあるキーボードには、アルファベットがどのような順番で並んでいるだろうか。おそらく左上からQWERTY……となっているはずだ。QWERTY配列といい現在のデファクトスタンダードである。この大変非効率的に見える配列が、なぜデファクトスタンダードなのか。
QWERTY配列がどのように生まれたのかには定説はない(早く打たれすぎてタイプライターのキーが絡まるのを防ぐために、わざと遅くしか打てないように配置したという有名な説は俗説であるらしい)。すでにDvorak配列などのより効率のよい配列が1つならず知られているにも関わらず、すでに多くのキーボードの配列がそうなっているからとか、新しい配列を憶えるのが大変だからとかいう理由でその地位に留まり続けている。
資料が手元にないのでうろ覚えであるが大体こんな話であった。これによってそれまで漠然と感じていたQWERTY配列に対する不満が故なきものではなかったことを知り、別の方法を試してみたいとの思いが頭の中にくすぶり続けることになったわけだ。(つづく)
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