■戦場のボーイズラ…
オフィスの近所で見かけた看板。躊躇なく『戦場のボーイズラブ』と読んだ! いくら流行だからって脳が腐っとるなあ。ググったら小沢健二の曲みたいだが、
劇団綺畸ウェブ
を見ても関連はわからず。どんな内容なんだろう。少し気になる。ちなみに戦場のボーイズラブでググったら読み間違えたという話ばかり引っかかるので(これとは別の話みたいだが)私だけじゃないのかとちょっと安心。
■トゥモローワールド(オススメ度3/10)
なんでダメかを羅列しても不愉快なだけなのでいちいち言わないが、ものすごい映像に酷いストーリーというこの組み合わせは(今は大人の事情であまり大きな声で言えないが)あの『映画版○○』にも匹敵すると思う。アレが比較対象として頭に浮かんでしまう時点でどれだけダメかわかる人はわかるでしょう。
というわけで全くのダメ映画というわけではないが、普通に面白い映画が観たいという人にはおすすめできない。それにしてもああもったいない。できるものならこれに費やされたものを『銃夢』の映画にでも回して欲しかったよ。
■ゲーム検定 64点
発熱地帯: ゲーム検定こちらに触発されてやってみたところこのような結果に。
+++ ゲーム検定 成績発表 +++一言評価は「イマイチ」だそうで。むう、厳しい。もうちょっとできると思っていたのだが、プレステの世代以降据え置き機のゲームを全然やっていなかったのが痛いか。
あなたの総合得点は64点 全国平均 54点
全国順位(11月24日 18時現在)
10687位(65638人中)
−−ジャンル別得点表−−−−−−−−−−−−
0_________50__________100%
ハードウェア ■■■■■■■■■■
ゲームシステム&テクニック■■■■■■■■■■■■
キャラクター ■■■■■■■■■■■■■■■■
ビジネス ■■■■■■■■■■■■■
雑学 ■■■■■■■■■■■■
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−−講評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あなたは「ゲーム大臣」
これだけの知識があれば、たいていのゲーム好きの人間とは楽しく会話ができるはず。しかし、この先、もっと深く広い知識を得ることで、世界はさらに広がるだろう。
貴方がもっとも詳しいゲームのジャンル:
キャラクター
貴方がもっとも詳しいゲームの年代:
80年代後半までのゲーム誕生期
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エンタ検定実施中!
http://ent.nikkeibp.co.jp/ent/game/
■怪奇! しゃべるぬいぐるみ(キングスライムの)
まあとりあえず騙されたと思ってこれを見てちょうだい(今月いっぱいぐらいまで有効)。Budweiser TALKING SMACK
キモイというかキモカワイイというか(笑)。
日刊スレッドガイド:顔写真から自然な動きを作り出し、入力した文を喋らせることができるサイト
で見て作ってみたのだけど面白いなあ。最近の映画のCGなど見ていると、これができることにはそれほど驚かないのだけど、こちらが指定した画像でできてしまうのは少し違った楽しみがありますな。
■毒物雑学事典 ヘビ毒から発ガン物質まで
水も砂糖もみんな毒? 身近な食品の致死量を調べる | エキサイトニュースこれを見て思い出した本(上の記事はネタっぽいがこの本は真面目な内容である)。個人的にブルーバックスの中で最も好きな本の一冊でもある。見開き2ページが1項目の読みやすいコラム形式で古今東西ありとあらゆる毒物が扱われている。項目を適当に拾い上げてみただけでもこれだけある。
ヘビ・サソリ・ハチ・カエル・イソギンチャクなどの動物毒。昆虫・貝の毒。「河豚は食いたし命は惜しし」で有名なフグ毒テトロドトキシン。トリカブト・毒キノコ、ソクラテスが仰いだ毒ニンジン、ストリキニーネ、KGBが暗殺に使ったリシン。モルヒネ・ヘロイン・コカイン・LSD・カフェイン・アルコール・ニコチンといった麻薬。破傷風菌・ボツリヌス菌・炭疽菌・コレラ菌が作る毒素。発癌物質アフラトキシン・ベンツピレン。催奇性のDES・サリドマイド。鉛・ヒ素・クロム、水俣病の有機水銀、イタイイタイ病のカドミウム等の重金属毒。安定性故の毒性アスベスト。各種放射性物質。有機化合物のPCB・ベンゾール・トルエン。あまりに有名な青酸カリ。不完全燃焼の一酸化炭素。最強の化学兵器神経ガス、サリン・タブン・ソマン・VX。そしてあのダイオキシン。
見ているだけでも体調が悪くなりそうなラインナップであるが、各項目につけられているウノ・カマキリ氏のコミカルな挿絵がうまく“毒”(そのまんまだ・笑)を中和する役割を果たしていて楽しく読める。しかも楽しいと言ってもどれ1つとしてただの興味本位な取り上げ方ではなく、科学的・社会的両面から非常に有用な雑学と思想が盛り込まれている。科学ニュースリテラシーの向上という観点からも是非ともお薦めしたい。ちなみに1984年初版発行となっているので科学データが古くなっているものもありそうだが、今読み返しても特に気になるほどではない。
■「水からの伝言」はトンデモの一言で切って捨ててよい

オープニングクイズ。以下の主張は正しいか? ○か×のみ(どちらでもない・どちらでもある・場合による等の答えはなし)で答えなさい。
- 誰かの真剣な主張を「とんでもないから」といって真面目に受け取らないのは科学的な態度とは言えない
- 科学的な社会では少数派の意見に基づいて行動するからといって弾圧されたり処罰されることはない
- 人格的な神や死後の世界の存在は科学的な観点からすると否定されると言わざるをえない
水からの伝言(以下「水伝」と略す)なるトンデモについては昔わずかに触れたきりであったが、
が話題になっているのを見るうちに再び興味が出てきた。上の田崎晴明氏の文章は水伝に対してどんな立場にある人が読んでも非常に素晴らしい文章で、私が付け加えることは何もない。今回気になったのは、この「水からの伝言」を信じないでくださいに対して
『「水からの伝言」を信じないでください』と言うのならやるべき事は一つだろう?
のようなそれ自体かなり非科学的な反応が出て、少なからぬ人々がそれにつられてしまっていることである。水伝がトンデモであることは広く理解されていても、なぜそう言えるのかが理解されていないのならば、新しいトンデモが生まれる度にいつまでも同じ事の繰り返しである。この反証に関する誤解は特に本質的で重大なのでまずここから入ろう。
水伝に反証実験は必要ないし、すべきではない。その理由は「月に兎が住んでいるという誰かの主張を反証するために月探査船を飛ばして月面を探索しなくてもよい理由」と言い換えた場合あなたが思いつくであろうものとだいたい同じである。
- 無駄に金がかかる
- どんなに探査しても月に兎がいないことを証明することは不可能
- 信じたいと思っている人はどのみち反証を理解しないし認めもしない
- 「そんなに必死で否定しようとするのはますます怪しい! 政府の陰謀だ!」などのさらなるトンデモを誘発する
- 詳しくない人々にそれがあたかも検証に値する主張であるかのような間違ったメッセージを送ることになる
これらはみな正しく、どれ1つ取っても水伝にわざわざ反証実験をすべきではない正当な理由を構成する。しかしこれら以前に水伝をはねつけるもっとずっと簡単で正当な理由がある。それはトンデモだからだ。
おそらくこのトンデモ扱いを不当と感じる人は、科学は何が正しくて何が間違っているかを決めるための仕組みであることを(もはや当たり前すぎて)忘れており、科学全体を、その仕組みを構成する部品の1つに過ぎない(それでも重要なものであるが)無無謬主義と混同しているのであろうと思われる。
確かに無無謬主義は「俺の言うことは100% 完全に正しく、疑うことは許さない」といった種類の主張を禁止するものであるので、時と場合によっては一見トンデモだからといって頭から否定するのはよくないといった意味合いにもなりうる。ただしそれは程度の問題である。現実の理論は科学的かトンデモかの2つに1つにスパッと分けられるようなものではなく、
- もはや誰1人として疑いえないほど強く検証されている主張(地球は丸いとか)
- かなり検証されているが誰も疑いえないほどではない主張(大気中の炭酸ガスが増えると地球が温暖化するとか)
- まだ何とも言えない主張(電波に晒されると白血病になる確率がいくらか高まるとか)
- かなり論破されているが信じる人もいないわけではない主張(多くの動物は地震を予知しているとか)
- もはや誰1人として信じられないぐらい徹底的に否定された主張(太陽は生贄の血で動いているとか)
といった具合に非常に幅広いスペクトル上に分布している。たとえば「ケータイの電波でガンになる」という主張をトンデモの一言で切って捨てることは慎むべきだとは言えるかもしれないが「生贄の血が太陽の動力になっている」かどうかについて同じルールを適用するのはただのナンセンスである。もう一度言うが程度の問題である。水伝はどちらかといえばケータイ電波よりは生贄の血の方に近い。ただとんでもないのではない。ものすごくとんでもないのである。
「水の結晶の形が人のかけた言葉の内容に反応するという主張」は(科学の命題として見た場合)、とてつもなく強い主張である。それは物理・化学・数学(ここでうまくネタにされている)など、幅広い科学分野を根底から覆すほどに強い。対して月で兎が発見されたとしても、確かに生化学に大革命が起きることになるが他の分野まで影響が及ぶことはない。水伝は月の兎よりもはるかにとんでもないのである。
科学がある理論を正しいと認めることは、それに矛盾する他の何かをトンデモだとすることに他ならず、無無謬主義は誰かに特定の(とりわけすでに何度も否定されたような)主張への注目を強制するようなものではない。オープニングクイズ1番の正解は×である。○をつけてしまった人は水伝に反証実験を要求する人の科学リテラシーは信者と同レベル(シム宇宙の内側にて)と言われても仕方がない。
次回からは科学がなぜそんな風に誰かの飯の種をトンデモの一言で切って捨てる権利を持っているのか。そして現実的に水伝のような偽科学にどうやって対処するべきなのかを書こう。(つづく)
■リベラルでも保守でも原理主義になりうるということ
前回の記事の時に発見したエントリ国家鮟鱇 - リベラルの攻撃性
結論から言えば、やはりそこには「絶対的」なものがあって、そこから外れるものは認めない(というか見えない)のだろうと思う。tonmanaanglerさんがお探しの本ですが、私がことあるごとにお薦めしている、ジョナサン=ローチ著『表現の自由を脅すもの』がまさしくそれなんですね。第4章「ファンダメンタリストからの脅威」からいくつか相当しそうな箇所を引用しましょう。
彼らの言う「話し合い」とは、彼らの許容範囲内での「話し合い」であって、それ以外のものは「意見」ではないのであろう。「意見ではない」とは、自分と異なる意見を認めないということではなくて、「意見ですらない」という意味。じゃあ何かといえば、具体的に言えば「別の意図を隠すまやかし」、「権力者に騙されている可哀想な人」あるいは「狂人」のたわごとということ。
かつての共産圏の国、又は今でも一部の国で、体制に都合の悪い人間を「裏切り者」とか「資本主義国のスパイ」とみなしたり、「再教育」したり「精神病院」に収容したりしたのは、実質的に逮捕監禁しているのをごまかすための名目というだけではなかろうと思う。絶対的に正しいイデオロギーに従わない・落ちこぼれるというのは、「有り得ないこと」であり、それにもかかわらず、そういう人間が存在する理由が、「敵国に通じている」とか「教育が足りない」とか「頭がおかしい」という結論に行き着くのは必然ではなかろうか。(このへん詳しく解説してある本を探しているんだけどなかなか見つからない)
ファンダメンタリズム(原理主義)といっても、宗教運動ではなく、知的スタイルを表すのだが、それは、あなたも間違うことがあり得るということを真面目に受け取ることを断固拒否する態度である。
あまりにもかけ離れた突拍子もない信念を持っているイスラムの国家主義的ファンダメンタリストに出会うのと、信念は似通っているが、その信じ方が異なっているという誰かに出会うのとでは、雲泥の差がある。そこをどう考えたらいいのか。進化を聖なる教義とし、『種の起源』を聖典とするダーウィン主義の信奉家のグループを発見したとして見たまえ。彼らの実践を、科学でないと無視し得ても、その信じるところは誤りだと一蹴し得ないであろう。
こちこちのファンダメンタリストにとっては、世の中には一つの明白な真理と、多くの嘘つきが存在する。向こう側は、間違っているだけでなく、嘘をついているのである。だから中絶反対のファンダメンタリストからすれば、中絶支持者はただの殺人ではなく謀殺に賛成するものである。生命選択論者は、人間であることを知りながら計画的に殺すことを許容しようとするものである。(中略)生命選択論者であるファンダメンタリスト達は、生命尊重を称える彼らの反対者に対して、彼らは本当は胎児が人間だなんて信じていないんだ、信じるわけがないとしばしば主張する。それどころか、胎児に対する関心と言っているが、それは仮面であり、計略であって、本当のところ中絶反対論者の闘いは、女性の権利の撤回、出産を目的にしない性行為の禁圧のためだと主張するのである。ワシントンの多くの保守主義者を含めて、アメリカの政治的右翼のファンダメンタリスト達は、自由主義者である彼らの反対者達は故意に国を害そうとしているから、反逆者、でなければせいぜい非愛国者であると主張する。政治的左翼のファンダメンタリスト達は、彼らの敵である保守主義者達は意図的に貧者を飢えさせ、地球を吹っ飛ばそうとしていると主張する。真理が明らかなのにそれが見えないとすれば、それは気が変か、バカか、騙そうとしてやっているかである。
(反対意見の者に対してソビエトが、精神医学を用いるのは、確信的ファンダメンタリストから見れば明白な真理が分からない人は、馬鹿か性悪でなければ、気が変であるに決まっているので、そんなに風変わりなことではなかろう。)つまりこの場合のポイントはリベラルであるとか保守であるとかの思想というよりも、その思想の実践法(あるいはメタ思想とでも言おうか)であって、どんな立場であっても絶対的なものの考え方をすることはできるし、それに基づいて行う議論は健全ではないということですね。
■ページランク4と5の差は大きいらしい
『ウゴツール』や『フロントライン』等で有名なフリーソフト作者D.IKUSHIMAさんのメタリッククローバーより、なぜか固定リンクがないのでプチメタより該当箇所を引用。ついにメタクロのGoogleページランクが5になった。私はGoogleツールバーを使っていないのであまりページランクを意識する機会がなかった。Google PageRank Checkerで調べたらこのブログが3、Mebius Projectが4と出た。リンク先を調べたら体感的に(もちろん実際にも)はるか雲の上の07th Storming Party(ひぐらし公式)やLife is beautifulですら5だった。確かに4と5の差が非常に大きそうだというのはわかる。まあ全部で10段階しかないのならある意味当然の結果とも言えるが。うちは今のペースでやっている限りは今の数値より上にいくことはないだろう。
(Googleツールバーをインストールすると
そのページの知名度が10段階でわかる)
4から5へのステップアップはすさまじく大変だった。
というか、個人ページでは5がほぼ限界。
さらに思いつく限りの最大手個人サイト、アキバBlog・ゴルゴ31・カトゆー家断絶を調べてもやっぱり5だった。個人ページでは5がほぼ限界というのも正しそうだ。個人で6はいないのかとしばらく探したところ、naoyaのはてなダイアリーが6だった。他にもいるのだろうか?
それ以上となると、はてなが7、Yahoo! JAPANが8、Google(日本)が9、Microsoft Corporation(米)が10だった。日本国内では9が最高なんだろうか。知っている人には常識なのかもしれないがなかなか面白かった。
■『ファイティング・ニモ』もとい『ファインディング・ニモ』
■長門有希の設定が『幼年期の終り』のカレルレンによく似ている件について
(注意!『幼年期の終り』の全面ネタバレあり)旬を逃すにもほどがあるという気がするが『涼宮ハルヒの憂鬱』の話。私は今まで基本的にアニメを全く観ない人(『ドラゴンボール』以後にちゃんと観たアニメは『すごいよマサルさん』『蟲師』のみ)なのにも関わらず、実はYouTubeで観ていた。
その中で一番人気キャラと思われる長門有希の設定がアーサー・C・クラークの『幼年期の終り』に出てくる地球総督カレルレン(古い版ではカレレンとも)によく似ていると思っていたのだが、今ググってみた限りではまだ誰も書いてないようなのでちょっとメモってみる。
カレルレン(長門有希)はオーバーロード(対有機生命体用ヒューマノイド・インターフェース)と呼ばれる種族。外見的には○△□(女子高生)。無表情気味で大人しい性格。数学が得意。人類から見れば万能とも思えるほどの知恵と力を持っていて、いざというときはとても頼りになるが、人間を羨ましがってもいる。……という具合。もちろん恣意的な編集ではあるがどうだろう? 『ハルヒ』の著者の谷川流はSF者らしいので確実に元ネタの1つだとは思うのだが。展開予想の足しにでもならないものだろうか。
実はオーバーマインド(情報統合思念体)と呼ばれる物質の束縛を逃れた宇宙的規模のよくわからない知性体に命じられて、人間との仲立ちのために遣わされて来ている。その任務は自分達でさえ持っていない潜在力を秘めた人類を、予期せぬ危険や自滅から保護し、その進化の可能性を見守ることである。
■いまさら人には聞けない 大人の常識力トレーニングDS
えいご漬けをコンプしたあとそのポジションを埋めるものが欲しくなったのでなんとなく。内容はタイトル通りで安定した作りだが、音楽問題や画像問題はクイズ番組みたいで楽しい。Wi-Fi通信で統計データを集めてくれるところはやはり新鮮だ。こんな調子で『アタック25』の通信対戦ができるゲームを妄想してめちゃめちゃやりたくなったのだが、問題が通信で更新されない限りはまだ無理かな。内容とは関係ないが任天堂らしからぬメガネおねーさんのナビゲーションキャラ(詳しくは下のエントリ参照)に意表を突かれた。えいご漬けの昔のアメコミみたいな変なキャラ(あれはあれで味になってはいるが)と比べるとまさに月とすっぽん。
GUNP.JP: 任天堂覚醒っΣ(゚Д゚; 《大人の常識力DSトレーニング》
■はてブが逆2ちゃんねる化している気がする
写真の世界史資料集の対照年表に関してブログ(mumurブルログ)やはてブでついているコメントについて。まず大筋では国家鮟鱇 - 何がすごくて何がすごくないのか
と同じ印象を持った。私も見覚えがあったので、高校の世界史で使っていた世界史資料集『増補最新図説世界史』(浜島書店)を引っ張り出してみてみたが、やはり全体の縮尺が違うぐらいで全く同じと言っていい図が載っている。世界史の資料なんぞ十年程度で大きく変わるわけがないので、おそらく今も同じだろう。
そもそもこの図は年代・王朝名・地域などの丸暗記問題を手助けをするためのものであろう。日本のバーが一本なのは単に「日本に関しては『日本史』の教科書を参照してください」という意味ではないのか?(よく見れば○○時代と区切りは入っているし) 少なくとも私自身が高校生の時はそう認識していた。
なので皇室の一貫性がどうとかいう話に行ってしまうのはもちろん的外れもいいところだが、はてブコメントの違和感が目立つ。私にとってはこのような図に対してここはもっと○○であるのが政治的に正しいというような感想を持つということ自体が非常に気持ち悪いのだ。
ベクトルが『日本』のバーを長くしたがる方向に向いてるか短くしたがる方向に向いてるかというのはあまり重要ではない。それは同じ傾向の別側面にすぎない。教科書を調査も検証もなしにもろにトンデモ呼ばわりして自分達の方が正しいと盛り上がっている(それはいわゆる“歴史修正主義者”達に大変よく見られる行動だ、違うか?)ところにあからさまな反知性主義の臭いを感じるのだ。
この問題に限らず最近のはてブコメントからはとりあえず2ちゃんねるや「ネット右翼」の逆を言っておけば安心だという空気を感じる。それもまたとりあえず大マスコミや「サヨク」の逆を言っておけば安心だという2ちゃんねる的な空気と同じ、反知性主義的傾向の別の側面であるように思える。
■必修漏れ問題はわからない
ついに自殺者まで出してしまった必修科目漏れ問題。まったく世の中本当に何が起こるかわからないものだ。もちろんそんなことは頭ではわかっているつもりなのだがこの問題だけは予想がつかなかった。そもそも動機からして理解できない。他の問題(たとえば耐震偽装とか)は、少なくともそうしようと思った人間がどう思って(たとえば金が欲しいとか)そのようにしたのかということは理解できるが、しかし受験のために必修科目をごまかそうという発想はわからない。
もちろん受験の忙しい時期に世界史の授業が「時間の無駄だ」と感じるというのはわからなくもない。しかしそれをごまかして数学や英語の勉強をしよう(させよう)という発想になるのは変だとはっきり感じる。
そもそも受験自体が『勉強のための勉強』(勉強する方法の勉強)であって、内容から直接的な利益が得られない、あまり面白くも楽しくもないことに向かって努力するための訓練ではないか。それが無駄であり、有名大学に入ることができさえすればいいと思うのなら、最初から履修科目を偽装するなんて回りくどいことをせずに『カンニング』とか『裏口入学』の授業を行えばいいのではないのか?
両方するか両方しないというのならわかるが、前者をして後者をしないというのはわけがわからない。「『カンニング』の授業を行っているけれど必修科目は真面目に受講させている学校」がわけがわからないのと同じぐらいわからない。モラルの崩壊とかそういうのとはちょっと別方向の違和感を感じる。


